ファンを一目ぼれさせた昭和の名手たち

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長嶋が下手に見えたボイヤーのスーパー守備

ボイヤーは三塁線の球際の強さ、正確なスナップスローで何度もチームの窮地を救った 【写真=BBM】

 次は三塁手にいこう。ここはもうクリート・ボイヤー(大洋)しかいない。ヤンキースで7シーズン正三塁手を務め、ブレーブスを経て72年に大洋入り。この年35歳になっていたが、打球に対する判断力は、あの長嶋茂雄(巨人)の“動物的カン”など問題ではなかった。三塁線を破った! と誰もが思った打球に、体を1本の棒のようにして飛びつき、片ヒザをついたまま、強烈なスナップスローを投じて一塁で刺す。二塁打が三塁ゴロになるのだから、投手は助かったなんてものじゃない。一塁に走者がいれば、二塁を見ないでそのまま送球。あっという間にゲッツーだ。

 筆者はこのボイヤーの守備を見て「ああ、長嶋は下手なんだ」と思った。もともと三塁線には強くなかった長嶋だったが、その年は36歳。さすがに衰えが来ていた。ゴールデングラブの三塁手部門は72年が長嶋、73年は長嶋とボイヤーの同時受賞となったが、筆者は「ボイヤーオンリーだろう」と首をひねったものだった。

唯一無二のスナップスローを見せた山下大輔

フットワークの良さと捕ってから早く正確なスローイングで8度のゴールデングラブ賞に輝いた山下 【写真=BBM】

 このボイヤーと74年から三遊間を組み、ボイヤーがコーチとなってからは、マンツーマン指導を受け、守備だけでカネを取れるプレーヤーに成長したのが山下大輔だ。山下のことは慶応大1年の時からウオッチングしているから、その守りは、見飽きるほど見ている。しかし、うまいと思ったことはなかった。2学年上の早稲田大の遊撃手・田中伸樹(のち東京ガス監督など)があまりにうまかったからだ。

「あいつ、捕ってないでしょう。グラブに当ててそのまま右手に移している」

 と驚嘆したのは、同学年で慶応大のキャプテンだった松大勝実(のち松下電器)。まったくそのとおりで、目にも止まらぬ早ワザだった。だから、山下がうまいとは思えなかったのである。

 しかし、プロに入って、恐らくボイヤーにスナップスローの重要性を学んだのだろう。吉田義男(阪神)が以前、現代の遊撃手は捕ってから投げるのが遅いと嘆いていたが、早かったショートの名を1人挙げた。ヨッさんは「大洋の山下大輔君は早かった。彼の守備は見事だった」と語っている。

 スナップスローができて、早く投げられれば、これは鬼に金棒である。さらに広岡達朗(巨人)は、三塁にコンバートされてから山下が見せた素手捕りを「あれは見事。山下にしかできない」と称賛しているが、これもスナップスローができないと打者をアウトにするのは難しい。

松原の“たこ足”にファンは大喜び

難しいバウンドの送球もなんなくさばいた松原。打撃力だけでなく一塁守備も絶品だった 【写真=BBM】

 もちろん、山下だって一塁悪送球はあった。それを救ったのが松原誠だ。両脚を180度開いてペタリと地面につけて、バウンドが難しくならないところでスッポリ。右足も離れない。

 川崎球場、横浜スタジアムに集ったファンは、難しい送球でなくても、この両脚ペタリ捕球を要求したものだ。また、松原はその要求に応えたから、まさに見せるプロだった。戦前に存在した球団・イーグルスに“タコ足”と呼ばれた中河美芳という一塁手がいたが、恐らく松原と同じような捕球だったのだろう。松原は62年、捕手で入団したのだが、一塁、三塁、遊撃といろいろところを守らされ、一塁で安定したのが71年から。

 71年と言えば巨人のV9真っただ中。72年からダイヤモンドグラブの表彰が始まったが、どうしても王貞治(巨人)の風下に立たされてしまった。記者たちも、松原の方がうまいと思っても、王という名前に対して逆風を起こすことはできなかったのである。松原は打者としても超一流で通算2095安打。30本塁打以上3回、78年にはセ・リーグタイとなる45二塁打を記録している。

辻の「なんでそこに?」の驚き

天才的なポジショニングで西武黄金時代を支えた辻。間違いなく球史に残る名内野手だ 【写真=BBM】

 さあ、残るは二塁手。ここは、西武の辻発彦しかいない。実は意外なほど大きく182センチ、78キロの体を誇る。これだけ大きいと、小回りはきかないだろうと思われるが、ゴールデングラブ8回。これは二塁手では最多記録。辻は、変な言い方になるが、“二塁手の福本豊”であり、「エッ!? なんでそんなところに」の連続で、スタートの速さと位置取りのうまさは天才的だった。

 特に一塁のカバーリングは絶品だった。彼は、いわゆる猿手(両腕をそろえて伸ばすと、その内側がピタリとくっつく)だが、これが不利にならないようなグラブを作らせたそうな。素人には分からないところで名人たちは工夫しているのだ。

 筆者の偏愛物語はここまで。

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