風当りが厳しくなったホン・ミョンボ 02年キッズと挑む新しいドラマの始まり

慎武宏

世論はかなり悲観的

直近の親善試合に連敗し悲観的な空気が漂う韓国。これまで批判されることのなかったホン・ミョンボ監督への風当りも厳しくなっている 【写真:ロイター/アフロ】

 ワールドカップ(W杯)ブラジル大会が開幕したというのに、韓国では期待よりも不安の声が絶えない。

「ベスト8? 勝ち点(供給)自動販売機になるか不安増幅」(『スポーツワールド』)、「ホン・ミョンボ号の地獄、歴代最悪のW杯になるか」(『デイリーアン』)、「韓国W杯史上初めて世間から指弾される代表チーム」(『ジョイニュース』)。

 W杯に挑む代表を熱烈に支持してきた韓国の世論が、開戦前から悲観的なのは直近の強化試合の結果が何よりも大きい。5月28日にソウルで行われたチュニジアとの壮行試合に0−1で敗れた直後、知人の記者たちが肩を落としながら「史上最悪の壮行試合。不安を抱えたままのブラジル行きですよ」と嘆いていたが、6月9日にフロリダで行われたガーナ代表との最終強化試合で0−4の大敗を喫したことで、そのトーンはさらに悲観的になってきた印象だ。

韓国の“カバン権”とは?

 当然、指揮官であるホン・ミョンボ監督への風当りも厳しくなっている。2014年1月の米国遠征でもメキシコ代表に0−4で負けたこともあって、一部のファンたちは「名前を“サ・デヨン(4対0)”に改名したほうがいい」と皮肉る始末だ。かれこれ20年近く韓国サッカーを取材してきたが、ホン・ミョンボがここまで酷評されることはなかったと思う。

 というのも、そもそもホン・ミョンボはパク・チソンやキム・ヨナ(フィギュアスケート)のように“カバン権”を持った人物のはずだった。“カバン権”とは「カイム(非難の隠語)をパンジ(防止、もしくは回避・免除)できる権利」という意味を略した造語で、日本風に言えば“アンタッチャブルな存在”と言い換えてもいいかもしれない。例えばホン・ミョンボと同世代のファン・ソンホンや02年W杯日韓大会の4強戦士、アン・ジョンファンは賞賛される一方で常に非難もつきまといアンチ・ファンも多かった。

 しかし、“アジア最高のリベロ”、“永遠のキャプテン”と呼ばれたホン・ミョンボは公然と批判されることは少なく、アンチ・ファンもほとんど皆無。監督として12年ロンドン五輪で韓国に初の銅メダルをもたらしたことで功名はさらに高まり、時事雑誌で“韓国を動かす次世代のリーダー100人”に選ばれたほどだった。

さまざまな改革を断行

 だからこそ、13年7月に韓国代表監督に就任したときも世論は好意的だった。45歳の若さやW杯本大会まで準備期間が1年しかないことを不安視する声も一部にはあったが、ホン・ミョンボも期待に応えるかのように「One Team、One Spirit、One Goal」をスローガンに掲げて韓国代表の信頼回復とチーム再建に乗り出す。

 例えば前任者(チェ・ガンヒ)の時代はチーム内の不仲説が絶えず、主力のキ・ソンヨン(サンダーランド/イングランド)がSNS内で代表監督を非難嘲笑することが発覚する事態も起きたが、ホン・ミョンボはロンドンまで直接訪ねてキ・ソンヨン本人に反省と謝罪を促し、内紛の火種を見事に消した。また、それまで容認されていたTシャツ&ジーンズなどカジュアルな服装での合宿入りを禁じ、スーツでの合宿入りを義務化。選手たちに代表選手としての誇りと重みを自覚させ、規律と秩序も取り戻した。

 ピッチの中でも改革を断行。ロンドン五輪代表指揮時から選手たちにチームへの献身と犠牲精神を求めてきたが、A代表でも試合ごとにキャプテンを変えて各自の責任感を呼び起こすなどチームとしての結束力を高めていった(現在はク・ジャチョルに固定)。目に見える変化があったからこそ、結果が出せずとも手厳しい非難にさらされることは、あまりなかった。就任直後に挑んだ東アジアカップでは一勝もできずに3位に終わり、その後もクロアチアやブラジルに敗戦。年が明けて国内組だけで挑んだ米国遠征では、前述のメキシコに0−4、米国に0−2の完敗を喫したが、問題視されたのはレギュラーである欧州組と国内組との実力差で、監督ホン・ミョンボが非難されることはなかった。“カバン権”は健在だったのだ。

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著者プロフィール

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。著書『ヒディンク・コリアの真実』で2002年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書に『祖国と母国とフットボール』『イ・ボミはなぜ強い?〜女王たちの素顔』のほか、訳書に『パク・チソン自伝』など。日本在住ながらKFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)に記者登録されており、『スポーツソウル日本版』編集長も務めている。

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