“王者復活”を印象づけたなでしこたち W杯連覇のキーワードは「成熟」

江橋よしのり

チームをひとつにまとめた宮間の気配り

MVPを獲得した宮間。ピッチ外でもメンバーに気を配るなどその貢献度は絶大だ 【写真:AP/アフロ】

 そして得点シーンは、なんともドラマチックだった。先制点は澤穂希のヘディングシュート。CKをニアサイドで合わせたそのゴールと、両拳を握りしめたそのガッツポーズで、11年W杯の決勝戦を思い出した方も多いだろう。

 その後中国に同点とされて、試合は延長戦にもつれ込んだ。PK戦突入が選手たちの頭をよぎったものの、ラストワンプレーというタイミングで岩清水梓が決勝ゴールをたたき込んだ。劇的な幕切れに、スタンドが湧いた。それは記者席も同じだった。日本の報道陣の何人かが興奮して立ち上がった脇で、他国の記者たちは目を丸くしていた。その表情は、“最後まであきらめない”なでしこの姿を、自分の目で確かめられたことへの喜びと驚きが入り交じっているかのようだった。

 世界チャンピオンの底力が絶妙なタイミングで復活し、なでしこジャパンはアジアカップ初制覇まであと一つと迫った。対戦相手が初戦で脅威を見せつけられたオーストラリアになるというのも、まさに映画のシナリオのようだ。

 中国戦を終えてから決勝までは、中2日。120分間の激闘のピッチに立った選手たちは、中国戦翌日の練習に参加せず、宿舎で体を休めることに専念した。今大会、これまでも試合に出場した選手たちは翌日の練習を免除されていたのだが、宮間だけは必ずピッチに足を運んでいた。ジョギングのみの別メニューをこなしつつ、キャプテンはサブ組の練習の様子を見守り、励ましの言葉をかけ続けていた。しかしその宮間にも、さすがに中国戦翌日は休養指令が出された。すると宮間は、練習場に足を運ぶ代わりに、サブ組の選手たちのためにあるサプライズを用意した。選手たちが練習時に口にするドリンクのボトルに、一人一人に宛てて手書きのメッセージを書き込んでいたのだ。練習中、ボトルに手を伸ばした選手たちは、宮間の心を受け取って、一つになった。全員の力を合わせてオーストラリアに立ち向かい、頂点に立つ。その思いが、決意に変わった。

決勝は消耗戦に持ち込み術中にはめる

 そして迎えた決勝戦の夜。オーストラリアは早めの時間帯で点を取り、逃げ切りを図るかのように、序盤からフルスロットルで攻めてきた。初戦の迫力がトラウマになって残っているようなら、なでしこにとってこの試合はおぼつかない。しかしなでしこは、局面で激しくファイトしながら、ゲーム全体を自分たちのペースに落とし込んだ。

 センターバックの岩清水は「相手のFWにボールを追いかけさせて、疲れさせる」という作戦を持って臨んだことを、試合後に明かした。そうして相手の守備の勢いに焦ることなく第一防御線を突破すると、中国戦の後半に機能したとおり、阪口、澤、宮間の中央のMF3人が、相手をギリギリまで引きつけてからパスでかわした。オーストラリアの選手たちにも、確かに疲れはあったようだ。それにしても、わずか11日前にあれだけ慌てていた選手たちが、1対1の局面を恐れずに戦えるようになったこと、技術と戦術で相手の長所を消せるようになるとは頼もしい。また、なでしこジャパンの弱点となりつつあった「中盤の選手が、相手を後ろから追いかける」状況の処理も、GK福元美穂の的確な指示によって、最終ラインが砦になることで対処できていた。結果、オーストラリアはなでしこの術中にはまり、酷暑の中での消耗戦で力尽きた。

チームを進化させるのは頂点を知る選手たち

 アジアカップ初制覇をめぐる一連の物語で、なでしこジャパンは見る者に“王者復活”を強く印象づけたことだろう。思い返せばロンドン五輪以降、チーム強化は足踏み状態を続けていた。13年は3月のアルガルベカップ、5月の欧州遠征、7月の東アジアカップがすべて地上波でテレビ中継されながらも、チームの歯車はかみ合わず、戦う姿勢も中途半端に見えた。だが、このアジアカップは、欧州組が招集できなかったことが、ある意味ポジティブに作用した。ベストメンバーがそろわないことを言い訳にせず優勝宣言をしたことで、むしろ「自分が力にならなければ」との責任感が育まれた。そして、自分の力を発揮するチャンスと捉えて臨んだ選手たちが、思い切りよくプレーした。この大会に選ばれた若手たちは、しびれる戦いをくぐり抜けて、手応えと未熟さを両方実感したことだろう。特に決勝でひるまずに戦った川村優理、中島依美、高瀬愛実などは、W杯本大会のメンバー入りに向けて、評価を上げたに違いない。

 同時に、このチームを進化させるのは新戦力ではなく、やはり11年W杯と12年のロンドン五輪を経験した選手たちなのだということも、あらためて感じられた。決勝戦に出場したメンバーのうち、GK福元、DF岩清水と宇津木瑠美、MF澤、阪口、宮間、川澄、FWの高瀬の計8人は、W杯優勝と五輪銀メダルの経験者だ。それに大儀見、安藤梢、近賀ゆかり、大野忍、岩渕真奈らを加えた頂点を知る選手たちが、技術・戦術・知性の面でさらに成熟し、なでしこジャパンに入れる選手の水準を高く、高く引き上げることが、チーム強化の王道であると印象づけられた。W杯連覇に向けてのキーワードは、「世代交代」ではなく「成熟」だ。

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著者プロフィール

ライター、女子サッカー解説者、FIFA女子Players of the year投票ジャーナリスト。主な著作に『世界一のあきらめない心』(小学館)、『サッカーなら、どんな障がいも越えられる』(講談社)、『伝記 人見絹枝』(学研)、シリーズ小説『イナズマイレブン』『猫ピッチャー』(いずれも小学館)など。構成者として『佐々木則夫 なでしこ力』『澤穂希 夢をかなえる。』『安藤梢 KOZUEメソッド』も手がける。

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