引退から1年、アイスホッケー鈴木貴人 母校の指導者として、再び始まる大きな夢

沢田聡子

「すごく感動」 五輪優勝、カナダが磨く基本プレー

日本代表の主将としても活躍した鈴木。写真は2010年4月、世界選手権 【写真:アフロ】

――ソチ五輪は男子も女子もカナダが優勝しました。

 予選を見ていた中では、女子は米国の方が実力があるのかなとも感じ、男子はどこが勝ってもおかしくないという印象でした。男子はいろいろなチームの練習も見ましたが、あれだけスター選手がいるカナダの練習が一番しっかりしていてすごく驚きました。(五輪後、所属チームに)帰ってもまたNHLの大きな舞台が待っている中で、スーパースターたちが必死に働ける五輪に対してのモチベーションっていうのは何なのかなと考えましたが、本当にプライドによる部分が大きく、あとはみんなただホッケーが好きなんだと感じました。

――カナダの練習ぶりとは。

 自分たちも子どものころから言われているような基本的なこと、例えば「シュートを打ったらゴール前で止まりなさい」というようなことをどのチームよりもしっかりやっていたのがカナダだったので、すごく感動しました。監督という新たな立場で良いものを吸収できたので、選手の指導にも生かせていると思っています。

――NHLのスーパースターであるカナダのFWシドニー・クロスビー(ペンギンズ)とロシアのFWアレクサンドル・オベチキン(キャピタルズ)が明暗を分けましたね(ロシアは準々決勝敗退)。

 個人にスポットを当てるとクロスビーとオベチキンの明暗が分かれたように感じますが、全体的に見てカナダはチーム全員で勝ちに向かっていて、ロシアは何人かのスタープレーヤーに頼りがちだったのかなと感じます。ホッケーで大事なのはチームプレーであることを、カナダが証明した大会であったと思います。
 「クロスビーが点数入れてないけど調子はどうなんだ」という話もメディアの中では出ていましたが、僕が見た中では本当にチームプレーに徹していて、もちろんチャンスでは良いプレーもしていましたし、全然問題ないと思っていました。また最後に活躍してしまうのが(バンクーバー五輪に続き決勝で得点)、やはりスーパースターなんだなと。勝ちに直結するような仕事を毎試合こなしていましたね。

――大事な局面で決めるのは、日本代表だったら鈴木さんでしたね。

 比較できないですが(笑)、自分としてはチームで勝ちたいという気持ちが強かったと思います。5対0の試合から6、7点目を貪欲に取りにいけるような精神力は持っていなかったですが、逆にここで(得点を)入れればチームが勝てる可能性があるときには自然とモチベーションも上がってプレーできていたところはあったと思います。

代表強化へ答えはひとつ「高いレベルでの経験」

――日本が強くなるために何が必要でしょうか。

 これはもう答えは一つしかないと思うんですけど、僕は男子も女子もやっぱり経験だと思います。選手も連盟もソチが女子代表のスタートだと捉えて、高いレベルの試合を少しでも多くこなすことが今後結果を残すために必要なことでしょう。

――今回女子代表はかなり海外で試合を組んで良い強化をしました。

 それが本当に一番だと思います。レベルの高い試合をたくさんこなしている選手が多い国は代表も強くなっています。今の日本(男子)はほとんどの選手がアジアリーグで戦っていますが、世界選手権に行くとアジアリーグよりも15〜20パーセントくらいフィジカルもスピードも上げて戦わないといけない。もちろんアジアリーグでも意識の高い選手は世界選手権でもそのままフィットしてプレーできますが、全員がそうできる訳ではない現状があります。少しでも高いレベルのところで皆が経験を積んでいく必要がありますね。
 自分は長野五輪は出場していないですが、五輪直前まで代表候補として強化を経験しています。リーグを中断したり(試合に)出なかったりして、代表としてどんどん海外遠征をしました。それまで五輪の出場権をとれなかった日本が長野五輪で1勝できたのは、日系人選手が入った効果ももちろんありますが、五輪はそれくらいで勝てる大会ではない。日本は体も小さくフィジカルも他国と較べて低いとずっと言われ続けていますが、強化をすれば五輪で1勝できるポテンシャルを持っているチームだということはもう証明できています。
 そういう強化を今現実にできるかどうかは考えなくてはいけないですが、高いレベルでの経験をどういうふうにこれから選手、チームが積んでいくかが一番重要です。

――スイスは強くなっていますね(ソチ五輪では女子3位、男子9位)。

 ヨーロッパ全体を考えると、日本のライバルだった国が五輪でもどんどん活躍するようになってきています。ヨーロッパ内は陸続きですから、良い選手は隣の国へ行ってどんどん高いレベルでプレーしている。選手個々を考えても、その選手がプレーできる一番レベルの高いところでプレーしている国と、生活等の問題で外へ出ていける選手が多くない日本の差が出てきているのかなと感じています。

伝えたいアイスホッケーの魅力

困難もあったが「厳しい道に飛び込んでいるとは思っていないんです」と笑う鈴木 【スポーツナビ】

――五輪での解説を聞いて、率直に「本当にホッケーが好きなんだな」という印象がありました。

 本当に楽しかったですね、はい。解説者なので、(視聴者には)ホッケーを見たことがない方から知り尽くしている方までいますから、どういうことを伝えていったらいいかといろいろ考えたりもしたんです。でも、現場で感じているホッケーの楽しさを素直に伝えられたらと思ったので、本当に楽しんで試合も見ていました。

――男子決勝後には「アイスホッケーは素晴らしいスポーツ」という言葉もありました。

 ナショナルトレーニングセンターでトレーニングしていた現役時、他競技の選手と触れ合う機会もあり、すごくアイスホッケーは恵まれたスポーツで、それを自分がたまたま選択してやってたんだなと思ったんですね。五輪競技であっても生活する中では環境も良くなかったり、野球のように(年俸)億単位で稼ぐスポーツであっても五輪競技ではなく世界的には大きなシェアがなかったりと、いろいろな競技を見ました。その中で言えばアイスホッケーは日本ではマイナーですけど、自分の努力次第では世界に出て、NHLのような大舞台でお金を稼ぐこともできる。五輪でもトリの競技であるというのは、それだけスポーツとしての魅力は皆が分かってくれているということで、僕としてはやはりうれしかったです。日本でもやり方次第で、選手のレベルを上げることと並行してイベントとしてもお客さんに喜んでもらえれば、可能性は大きいスポーツだと思っています。

――現役引退時のコメントで、日本代表を五輪に出場させられなかったこと、アイスバックスで優勝できなかったことを心残りとして挙げていました。日本のアイスホッケー界全体を考えてということもありますか。

 もちろん自分がプレーしてきたチームで勝てなかったという単純な悔しさもありますけど、そこをスルーしていればもっと違うものが開けたということも感じてはいましたね。

――西武の廃部後アイスバックスに移籍、不祥事があった後の母校・東洋大学の監督就任と、あえて厳しい進路を選んでいるように見えますが。

 そういうつもりは全くないんですけどね。テレビ等で取り上げて頂くときは暗い話題ばかりなので、なんだか相当苦労をしてるみたいに思われているかもしれないんですけど。現役引退時にもコメント残したように、本当に素晴らしい、楽しいホッケー人生送らせてもらいました。あえてそういうところに飛び込んでいるっていうふうには、あまり自分では思ってないんですよね。

――困難を避けて通ろうとは思っていないことは事実では。

 あんまり、そういう意味ではスマートではないのかもしれないです、頭が(笑)。

「海外、日本代表にいく選手を少しでも多く出したい」

代表の五輪出場を目指し、指導者として日本を盛り立てる 【スポーツナビ】

――今後の目標としては。

 今、男子の日本代表が五輪に行くことがまずは自分の一つの大きな夢、目標ではあります。自分がそこに立つとか立たないとかいうことではなくて、手助けできるようなコーチ・監督……その先、何で手助けできるか分からないですけど、少しでも手助けできるようになりたいです。

――東洋大学出身の秋本デニス選手が(アジアリーグの)日本製紙クレインズに入り、いきなりプレーオフで活躍しました(クレインズはリーグ優勝)。

 僕は(秋本選手とは)数カ月しか一緒にやってないので彼のポテンシャルの高さだと思いますけど、これからアジアリーグ、海外、日本代表にいく選手を少しでも多く出せるように指導していきたい。今の選手たちにも、もちろん大学で結果を残すことは当たり前の目標ではあるけど、その先にもつながるような選手になってもらいたい、そこが大きな目標のひとつでもあると伝えています。

――そのために具体的にしていることは。

 まずは環境を整えること、あとは経験を積ませることを頭においてやっています。少しずつですが、アジアリーグの各チームと練習試合などでどんどん対戦する。そして(アジアリーグのチームと大学チームの対戦がある)全日本選手権もありますし、そういうところを最終的な目標にできるくらいなチームにしたいと思っています。

 09年3月23日、廃部が決まった西武の最後のゲームを終えた鈴木は「アイスホッケーの楽しさをみんなに伝えられたと思う」と声を絞り出した。忘れられないあの日にプレーで伝えた「アイスホッケーの楽しさ」を、ソチ五輪では弾んだ声の解説で確実に伝えていた。
 日本のアイスホッケーを引っ張り続けたキャプテン「タカヒト」、鈴木の「素晴らしい、楽しいホッケー人生」は、現役引退を経て指導者となった今も続いている。

<了>
■鈴木貴人/Takahito SUZUKI
1975年8月17日、北海道苫小牧市出身。駒大苫小牧高、東洋大卒。在学中に日本代表にも選出された。大学卒業後の98年、アイスホッケーの名門コクドに入社し、日本リーグ、全日本選手権で新人賞を獲得。チーム、代表メンバーとして力を磨き、2002年に米イーストコーストホッケーリーグに挑戦した。翌年の帰国後はチーム主将として活躍するも、08−09年に廃部を経験する。その後、日光アイスバックスに所属し、日本代表としても戦い、13年4月、世界選手権での試合を最後に現役引退。現在は母校・東洋大の監督を務める。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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