バドゥ、日本を愛しすぎた男=J2・J3漫遊記 京都サンガF.C.<後篇>
今明かされる「ジョホールバル」でのバドゥ
過去11カ国を渡り歩いてきたバドゥ。日本では「ジョホールバルの歓喜」のイラン代表監督として有名 【宇都宮徹壱】
「今のように衛星テレビやインターネットで、すぐに最新の映像が見られるわけではなかったからね。しかもイランという国は非常に閉鎖的だったので、なかなか日本の情報が見つからない。だから世界中の友人に電話しまくったよ(笑)。ようやく韓国の友人から、韓国戦(2−0で日本が勝利)の映像を大使館経由で入手できた。その映像を見る限り、警戒すべき選手は相馬(直樹)と中山(雅史)だと思った。中田(英寿)については、技術はしっかりしているが、それほどキーマンだとは思っていなかったね。それにこっちには、(アリ・)ダエイも(コダダド・)アジジも(メフディ・)マハダビキアもいたから、2〜3点は取れるだろうと楽観していたよ」
しかし結果は周知のとおり、日本は2−2の状態から延長後半13分に岡野雅行のゴールデンゴールが決まり、悲願のW杯初出場を決める。そして「キーマンだとは思っていなかった」中田は、日本の3ゴール全てに絡む大活躍を見せた。試合後、チームメートやスタッフ全員がもみくちゃになりながら歓喜に沸く中、中田はひとりバドゥの前に歩み寄り、握手を求めている。この時、ふたりの間にどんなやりとりがあったのだろう。
「握手のあと、私が英語で話しかけようとしたら、ちょっと戸惑った表情を浮かべていた。思うに当時の彼は、まだ英語がよく理解できていなかったようだね。私は彼に『おめでとう。君は素晴らしい選手だが、これからもっとビッグなプレーヤーになることだろう』と言ったんだ。実際、その通りになって私は本当にうれしかったよ」
試合後、悲嘆に暮れるイランの選手たちとともにバスに乗り込むと、バドゥは意外な行動に出る。ドライバーに「日本代表が泊まっているホテルに向かってくれ」と指示したのだ。ホテルの前では、初のW杯出場決定に狂喜乱舞する日本人たちの姿であふれていた。その光景を指差しながら、バドゥは諭すように選手たちにこう語ったという。「見ろ、あれこそが勝者の姿だ。次のオーストラリアとのプレーオフで、君たちが喜びを爆発させたいのなら、しっかりと目に焼き付けておくのだ」と。
「ジョホールバルで日本に負けたのは、確かに痛かった。だが、それほど悔しいとは思わなかったのも事実だ。なぜならイランは過去にもW杯に出場していたけれど(78年大会)、日本はこの時が初めてだったからね。それにもし、イランでなく日本がプレーオフに回っていたら、オーストラリアに勝つのは厳しかったと思う。結局のところ日本はイランに勝ち、イランもプレーオフに競り勝って、仲良くフランスに行くことができた。終わってみれば、どちらにとってもハッピーだったわけだ(笑)」
大木サッカーとの整合性
京都では選手にハードなトレーニングを求める一方、試合では選手の自主性に委ねる指導をしている 【宇都宮徹壱】
「バドゥさんは、攻撃面については特に何も言いませんね。『これをしたらダメだ』ということもないし、ミスしたらすぐに怒るということもない。基本的にプラスなことしか言わないし、むしろチャレンジすることを求めてきます。だから僕自身、とてもやりやすいです。ただし練習はハードですよ。試合の翌日でも、普通に2部練(習)やりますから。キャンプでなく、シーズンが始まってからも2部練というのは初めてですね」
一方で気になるのが、前任者である大木武が3シーズンにわたってチームに植えつけてきた「アクションサッカー」との整合性である。長野時代のサッカーを見る限り(もちろん、カテゴリーの違いはあったにせよ)、大木サッカーとは方向性が正反対だったようにも思える。その点について当人に尋ねてみると、少し意外な答えが返ってきた。
「私の好むスタイルが何かと問われれば、アタッカーを3枚並べたフォーメーションだ。とはいえ監督としてチームを預かるからには、自分の好むスタイルをチームに押し付けるべきではない。私は、京都がこれまで培ってきたスタイルを尊重するし、ショートパスによるサッカーは継続すべきだと考える。そこから日々アップデートしていけばよい。それと、このチームは若い選手が半数を占めているので、彼らを成長する手助けもしたい。京都サンガというチームには、素晴らしい未来が約束されていると言えるだろうね」
一方で、その人当たりのよいキャラクターを前面に押し出した、ファンサービスにも定評がある。練習見学に訪れたサポーターをピッチに招き入れて選手とのPK戦に参加させることもあるという。「やりすぎ」という意見もあるだろうが、これこそがバドゥスタイルの真骨頂であり、祖母井GMも求めていたものである。本稿を書いている第8節終了時点で7位。いまだホームで勝利がないのが気になるところだが、自動昇格圏内である2位との勝ち点4差につけている(編集部註:第10節終了時で12位)。最後に「昇格のプレッシャーは感じているか」と当人に問うてみた。
「まず理解すべきは、これはゲームである、ということだ。どちらも努力して試合に臨むが、その結果は誰も知らない。いったんボールが走りだせば、選手交代をすること以外、監督は何もできないものだよ。だから私がやれることは、とにかく次の試合に向けてベストの準備をすること。結果は、神のみぞ知る。私自身は、いつも落ち着いているよ(笑)」
そう語ると「日本を愛しすぎた男」は、人懐っこい笑顔で私にサムアップした。
<文中敬称略>
(協力:Jリーグ)