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フジキセキの縁がつながる奇跡の皐月賞
蛯名イスラボニータの夢物語は二冠目へ
イスラボニータ&蛯名が混戦皐月賞を制す、フジキセキ産駒にとっては初のクラシック勝利となった
イスラボニータ&蛯名が混戦皐月賞を制す、フジキセキ産駒にとっては初のクラシック勝利となった【写真:中原義史】

 JRA3歳クラシック第一冠、第74回GI皐月賞が20日、中山競馬場2000メートル芝で開催され、蛯名正義騎乗の2番人気イスラボニータ(牡3=美浦・栗田博厩舎、父フジキセキ)が優勝。中団追走から直線外を鮮やかに突き抜け、フジキセキ産駒初のクラシック制覇を達成した。良馬場の勝ちタイムは1分59秒6。


 イスラボニータは今回の勝利でJRA通算6戦5勝。重賞は2013年GIII東京スポーツ杯2歳ステークス、14年GIII共同通信杯に続き3勝目。蛯名、栗田博憲調教師ともに皐月賞は初勝利となった。


 一方、1番人気に支持された川田将雅騎乗のトゥザワールド(牡3=栗東・池江厩舎)は、イスラボニータから1馬身1/4差遅れの2着に敗戦。さらに半馬身差の3着には、柴田大知騎乗の8番人気ウインフルブルーム(牡3=栗東・宮本厩舎)が逃げ粘った。なお、3戦3勝で臨んだ武豊騎乗のトーセンスターダム(牡3=栗東・池江厩舎)は11着に敗れた。

フジキセキ産駒、ついに悲願

「これも何かの縁」蛯名はイスラボニータの父フジキセキのデビュー戦で手綱を取っていた
「これも何かの縁」蛯名はイスラボニータの父フジキセキのデビュー戦で手綱を取っていた【写真:中原義史】

 フジキセキ産駒“最後の世代”から、ついにクラシックホースが誕生した。

「フジキセキといえば、新潟の新馬戦に自分が乗って勝ってるんですよね。その最後の産駒でクラシック馬が出てきた。しかも自分が乗って勝つなんて、これも何かの縁なのかな」

 蛯名が噛みしめるように語った。1994年、まだ右回り時代の新潟。フジキセキは鳴り物入りで日本にやってきた全米年度代表馬サンデーサイレンスの初年度産駒の1頭としてデビュー。蛯名を背に、ゲートで派手に出遅れながらも、楽々と2着馬に8馬身差をつけて圧勝した。

 2戦目以降、鞍上は角田晃一にスイッチしたが、GI朝日杯3歳S、GII弥生賞を含め無傷の4連勝。皐月賞直前に屈腱炎で引退を余儀なくされたが、無事にレースを使えていれば「かなりの成績を残したはず」と蛯名。当時の新聞・雑誌紙上では“幻の三冠馬”という文字が躍ったものだ。


 これは本当に個人的な意見で申し訳ないのだが、かくいう筆者もフジキセキこそがサンデーサイレンスの最高傑作だと、今でも思っている。高校生時分だった僕はナリタブライアンの大ファンだったのだけど、朝日杯、そして弥生賞のレースぶりを見て、ナリタブライアンが次に負けるとしたらそれはフジキセキが相手かもしれないと思ったり、その時に乗っていた黒い自転車を「フジキセキ号」と名付けていたものだ。

気をつけたのは折り合い、そして位置取り

 話がどうでもいい方向に大きくそれたが、とにかくフジキセキ産駒がデビュー16年目にしてクラシックを勝ったのである。しかも、フジキセキは2011年以降は種付けを行っていないため、実質的に現3歳世代が最後の産駒。いわば今年が最後のクラシックでもあったのだ。そういった背景もあいまって、今年のレース前は血の呪縛、ジンクスなど、マイナスデータも多く目にした。だが、イスラボニータと蛯名が見せた競馬は、それらをすべてなぎ払うかのような、胸のすく快勝だった。


「折り合いに気をつけたことと、包まれないでうまく競馬ができれば、つまり、この内枠(1枠2番)が仇にならないようにと思って乗りました」


 蛯名がこの中山2000メートルの皐月賞において注意を払ったのは、この2点。特に位置取りに関しては神経を集中させていた。差しを武器とするイスラボニータにとってトリッキーな小回りコースの内枠は、馬群に包まれて動けなくなるというリスクがついて回る。コース取りを誤れば脚を余して負けることになるだろう。

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