真央、去就はゆっくり決断「休養が必要」
世界フィギュア 一夜明け会見
エキシビジョンで観客の声援に応える浅田真央(右)と羽生結弦
エキシビジョンで観客の声援に応える浅田真央(右)と羽生結弦【坂本清】

 フィギュアスケート世界選手権の女子シングルで優勝した浅田真央(中京大)が一夜明けた30日、会見を行った。注目の去就については「今はもうやり切って、次の目標が何かと言われるとまだない。普通にやろうと思えばできると思うんですけど、自分としては少し休養が必要じゃないかと思います」と話し、すぐに結論を出さずにゆっくり自分の気持ちと向き合う考えだ。


 また、男子シングルで優勝した羽生結弦(ANA)もエキシビジョン出演前に取材に応じた。今後はエースとして日本、世界を引っ張る立場となるが、「エースに対するこだわり、実感もないですし、興味もありません。今回、町田(樹)選手が素晴らしい演技をしましたし、みんなで頑張っていくという方が好きです。そっちの方が今後の日本男子フィギュア界につながっていく」と訴えた。


 以下は世界選手権に出場した男女シングル6選手のコメント。

去就未定の真央「いますぐに答えを出す必要はない」

「(昨日の夜はどう過ごした?)ドーピング(検査)があって終わったのが23時30分くらいでした。そこから帰って、ご飯を食べて、それから(佐藤)信夫先生とかと一緒に『お疲れ様』みたいな感じでいろいろ話をしていました。(信夫先生からは)『とにかくよく頑張った』と。あとはいろいろな先生の昔の話とか、他にもコーチがいたのでその話とかいろいろですね(笑)。フリーに関しては特には何もなかったです。


(信夫先生が名残惜しそうだったが?)この3年間はすごく苦しくて、なかなか自分が思うように滑れなくて、ジャンプもそうですし、演技もやり切ったと思えるような演技ができていなかった。結果が付いてきても自分は全然満足できなかったんですけど、ソチ五輪のフリーとこの大会でようやく自分が目指してきたものができたんだなと思いました。


(信夫先生がもう少し一緒にやりたそうな雰囲気を出しているが、浅田選手もそういう気持ちがあるのか?)バンクーバー五輪が終わってからこの3年間、やっても全然自分(の演技)ができなくて、なんかモヤモヤしているばかりで、約2年間そういう状態が続いていました。だったらソチ五輪のシーズンに懸けようと思ったんですね。ただ、ソチ五輪のフリーと世界選手権で、ようやく自分がやれたというのがあって、自分でもこの感覚がもっと早く出ていれば良かったという感覚があります。ようやく手応えを感じている段階なので、今はもうやり切って、次の目標が何かと言われるとまだないのかなと。普通にやろうと思えばできると思うんですけど、自分の気持ちとしては少し休養が必要じゃないかと思います。


(昨年の国別対抗後に『ソチ五輪を集大成としたい』と言っていたが、その気持ちは変わっているのか?)そうですね。そのときはいつになったら自分の目指しているものができるんだろうと思っていたので、自分もそう思っているから言ったんだと思います。(シーズンが終わるまでは集中していたから『ハーフハーフ』と答えたのか?)外国人記者クラブさんとの会見でお話したように、終わってから自分の気持ちを落ち着いてしっかりと整理したいと思ったので、『ハーフハーフ』と答えました。


(これから考えるにあたって誰に相談する?)最終的には自分がやるかやらないか、できるかできないかとか、どれだけ目標を持っていけるかだと思うので、そこはしっかりやるならば、それだけの覚悟が必要ですし、その決意ができればやりますし、何もそういう気持ちが湧き出てこなければできないんじゃないかと思います。ただ、いますぐにその答えを出す必要はないんじゃないかと思っています。


(スケート以外でやってみたいことは?)う〜ん、やってみたいこと。特にないんですよね(苦笑)。何だろう。何ですかね。すごいやってみたいことはないんですけど、ショーがあるので、直近で決まっていることは4月のショーで各地を回ります。全国の方々に間近で見てもらえればいいなと思います。


(さいたまスーパーアリーナとソチはどういう違いがあった?)日本のお客さんはすごく温かいと感じました。日本の選手だけではなくほかの選手のことも応援していたのを自分でも感じていて、すごくうれしかったですし、私も日本人で良かったなと思いました」

鈴木明子「背中を押してくれた大ちゃんには感謝」

「(最後の競技会を終えて一夜明けて何か心境の変化は?)変化はないですけど、とりあえず無事に最後まで選手生活を終えることができてホッとしています。(昨夜はどう過ごした?)コーチたちと一緒に乾杯して、いろいろと深くは話をしていないですけど、先生も『明子と一緒にここまで来られて良かった』という話はしました。


(五輪が終わったあとと昨日終わったあとで違いはあったか?)正直五輪が終わったあとは、世界選手権は無理かなと。五輪でやめようと思っていたので、まずそれから考えると、あの時も足が痛いという気持ちしかなくて、それに耐えられないと思ったんですけど、そこから回復して痛い思いのまま終わらなくて良かったなと。やはり演技の出来うんぬんよりも自分がやり切ったと思えるところでやめたいなと思ったので、その背中を押してくれた大ちゃん(高橋大輔)には感謝しています。


(高橋選手からはどんなことを言われた?)大ちゃんは、私が『疲れたし、痛みと戦うのも無理かもしれない』と言ったときに、一言『みんな日本で待ってるよ』と。『演技の出来とか順位というよりも滑る姿を見たいと思う』と言ってくれた。実際に昨日、試合を終えて、日本でたくさんのファンの方々に見送られることがどれだけ幸せなことか感じることができたので、彼の言ったことは正しかったなと思いました。彼もそうすることを望んでいたけどできなかったので、彼のように滑ることはできないですけど、少しだけ自分の演技に彼の思いをプラスしようと思って、昨日も『行ってくるね』と連絡しました。本当にこういった形でここまでやれたのは、選手としては幸せな終わり方だったと思います。


(大ちゃんのことを思い出した瞬間は踊っているとき?)さすがにそれはないです(笑)。本当に長い間一緒にスケートをしてきましたし、いろいろなことを彼とは話をしてきたので、彼もきっとここで滑りたかっただろうなと感じたので。『自分の滑りをしてきなよ』とは言われていたので、そういう思いもいろいろな人の思いがあるんだなと思って滑っていました。


(今後やりたいことは?)ちょっと休みたいですね。旅行とかも行きたいと思うんですけど、しばらくは忙しくなりそうで、できなそうです。スケートでも選手ではない形なので、それも新しい人生の始まりとして楽しみにしています。

(旅行はどこ行きたい?)暖かいところに行きたいです。南の島に行きたいです(笑)。ずっと浄化の旅をしたいなと思っていて、オーガニックな野菜と果物を食べて、ヨガをして、マッサージを受けてという感じの旅行に行きたいと思っています。


(今後のスケートとの関わり方は?)コーチになるとかは考えていなくて、ただ自分の今までの経験をいろいろな形で伝えていければと思っています。私はずっとスケートが好きで続けてきたので、スケートが好きな子が増えてほしいなと。やっぱり好きだから続けられると思うので、そういうことを伝えていきたいと思います。


(最後の舞台を終えて感じたことは?)幸せな選手生活だったなと思います。それを人よりも長く味わえて、ここまでやって良かったなと思います。もっと思い描いていた演技はあったんですけど、そうではなくて、こんなに気持ちが晴れ晴れとするというか、ここまでやれてきたからこそだと思うので、悩みながらも続けてきて良かったと思います」

村上佳菜子「今の時点では来シーズンだけという気持ちでやる」

「(一夜明けて)結構モヤモヤがたまっている感じです。消化不良です。(今回の試合を振り返ってみて)練習が良かったので、『何でできなかったんだろう?』という気持ちが強く、別にすごく緊張していたわけではなく、ただ曲が鳴った瞬間に体が硬くなってしまいました。もう1度映像を見て、先生と話し合って改善していきたいと思います。


(初めての五輪シーズン、どんなシーズンだった?)すごい密度の濃いシーズンだったと思います。(どの時期が一番大変だった?)一番大変だったのはショートの曲を変えたときだったと思います。

(五輪が終わってから欲が出てきたと話をしていた。その欲を来季にどうつなげる?)自分で考えたのはここから足していくよりも、まずは1度リセットして一から強い自分を作り上げていきたいと思っていて、今までの気持ちを捨て去ろうと思っています。今はつなげていくということは考えていません。


(自分に対して怒っている?)本当に気持ちが弱いので、改善していきたいです。ここから直していくよりも、1度リセットしてやった方がうまくいくのかなと思っています。(技術面でもリセットするのか?)新しいことに挑戦するのが少し怖くなっているので、1回思い切りだめでもいいからやってみるとかしていきたいと思います。(具体的にどう変えていきたいか?)まだ先生たちと話をしていないので、話し合ったら行き先が決まっていくと思います。今はとりあえず足りないものもトレーニングしていかないといけない歳になっているので、そういう部分だとか、もちろんスケートの技術だったり、プログラムへの考え方など、すべて直していきたいと思います。


(今季が集大成と言っていた時期もあったが、それはどういう意味?)本当はこの試合も良かったら終わろうと思っていたんですけど、小さいころからスケートの先生になることが夢だったので、十分頑張ったかなと思っていて、次は先生として頑張って、エキシビションに呼んでもらえたら出て、先生として勉強していきたいと思っていました。でもこのままでは終われないので、気持ちが変わりました。


(積み重ねた先に平昌五輪という道はあるのか?)今の時点ではとりあえず1年、来シーズンだけという気持ちでやろうと思っています。また4年後とか思うとダラダラしちゃうと思うので、来年やり切ったと思ったらやめるかもしれないし、もっといけると思ったやるかもしれない。来年の世界選手権に出られたらそのとき考えたいと思います。


(現時点でこの選手をお手本にしたいという選手はいるか?)(浅田)真央ちゃんと(カロリーナ・)コストナー選手とあっこちゃん(鈴木明子)を足した選手になりたいです。この3人が一番自分の中で尊敬しています。

(具体的にどういう部分が?)真央ちゃんは気持ちの強さがすごいなといつも思うので、そういうふうに自分も強くいられたらいいなと思います。あっこちゃんのような力強いスケート、滑りだったり表現ができたらいいなと思っています。コストナー選手は見ていて引きつけられるというか、自分が一番理想の、見ていて『もう終わったの』と思える演技ができるすごい選手なので、自分もそういう選手になれたらいいなと思っています。


(先生になるうえで日本のエースになってからの方がいろいろと教えられることも多いと思うが?)でも(山田)満知子先生も現役時代は一番の選手ではなかったので、それは別に関係ないかなと思います。どれだけスケートが好きかということと、どれだけ自分が好きだと思っていることを教え子たちに教えていくかで、先生って決まっていくことだと思うので、選手でいるときの成績は最初だけであとは関係ないと思います。


(満知子先生が選手だったときはどういう選手だったのか?)スケート大嫌いだったみたいです(笑)。いつでもサボっていたという話は聞きました。でもインターハイでは優勝したみたいです。今は先生としても滑っていないんですけど、私がノービスやジュニアの選手だったころは先生も時々滑っていて、それを見ていたらすごくスケートがきれいでした。昔の選手はジャンプよりも滑りを大切にしていたんだと先生に教えられたときに思いました」

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