羽生結弦、逆転優勝を生んだ“怒り”の力
SPはまさかの3位「今ここにいる自分が許せない」
「絶対の自信を持っていた」4回転トゥループで転倒するなど、SPは3位発進。演技後の羽生は浮かない表情を見せていた 【写真:青木紘二/アフロスポーツ】
「いつも通りの感覚でやれましたが、4回転トゥループの失敗に関しては悔しさが残ります。練習でもSPの4回転トゥループはミスなくできていたので、そこにちょっとした過信や気の緩みがあったのかなと思います」
五輪チャンピオンとしてのプレッシャーもあったのだろう。4回転は技術、メンタル、タイミングのすべてがかみ合わないと跳べないジャンプ。ちょっとした誤差でミスをする確率は一気に高まる。過信、慢心、緊張といった心の問題が、転倒という失敗を誘発したのは間違いない。
上位3人による会見では、首位の町田が中央に、羽生はその左に座った。久しぶりに“指定席”を譲った悔しさが込み上げたのか、羽生は珍しく語気を強めた。
「五輪のFSは全然うれしくなかったので、今大会に向けて一生懸命練習することができたんですけど、実際はこうやってミスをしてしまい、3位という順位にいます。今ここにいる自分が許せないので、あさってに向けて過去よりも今をしっかりつかみ取りたいと思います」
羽生の表情に浮かんでいた感情は“怒り”だった。五輪の失敗を取り返すべく臨んだ世界選手権。気持ちのコントロールに関しては、とりわけ今季は気をつけてきた。にもかかわらず、過信を招いたのは自分の甘さに他ならない。負けたくなかった。絶対に勝ってやると思った。自分への“怒り”が闘争心に火をつけた。
“怒り”を解放することで勝利をつかむ
「意地」と「気合い」で演技した羽生は、“怒り”を解放することで、勝利をつかみ取った 【坂本清】
FSの演技後、羽生は「意地」と「気合い」という言葉を何度も繰り返した。追い詰められた状況を打破するには、とにかく強い気持ちを前面に押し出すしかない。転倒しそうになった4回転サルコウで持ちこたえることができたのも、気持ちによる部分が大きかった。
羽生は今大会を通じて学んだことがある。
「どんなことも楽しむことが大事だと思うんですけど、時には『絶対に勝ちたい』とか、『負けてたまるか』という怒りの感情に任せてしまってもいいんじゃないかなと。楽しむ気持ちはすごく良いものだと思うし、気持ちもプラスになって集中にもつながる。ただ、それよりも自分の気持ちに正直になったほうが時にはいいのかなと思います」
羽生は今季、チャンと何度も対戦する機会に恵まれた。世界選手権3連覇中で、自分より先を走るチャンに追いつこうと必死だったが、意識しすぎたがゆえに、自身の演技に集中できない時期があった。だが、オーサーコーチの助言もあり、感情をコントロールする術をつかむと、一気にスコアを伸ばしていった。五輪で金メダルを獲得できたのも、こうした揺るがぬ精神力があったからこそだ。しかし、今大会は自身の中で渦巻いていた感情、つまり“怒り”を解放することで、勝利をつかみ取った。
オーサーコーチは今後の指導方法に思いを巡らせる。
「ユヅルは本当に独特なメンタリティーの持ち主。私はまだ彼がどう考えているのかを発見するプロセスの中にいると思っている。彼にとって最も適切なやり方はどういうものなのか。それを常に開拓していかなければいけない段階に来ている」
3冠達成はアレクセイ・ヤグディン(ロシア)以来、史上2人目の快挙。絶対王者への道筋をまた1つつかんだ恐るべき19歳は一体どこまで強くなっていくのだろうか。
<了>
(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)