常に“中心”に君臨する唯一無二の司令塔 福西崇史のボランチ分析 ピルロ編

北健一郎

自分でボールを奪わない理由

ピルロ(左)は試合中、常に“中心”に君臨。ユベントスでもイタリア代表でも、ほとんどの攻撃がピルロを経由して始まる 【Getty Images】

 ピルロはボールの最終奪取者にならない。ボランチの選手にはボールを奪う力が求められるが、ピルロが自分で相手のボールを奪うシーンは実は少ない。ピルロの対人守備に不安があることもあるが、最大の目的は攻撃時にピルロをフリーにすることだと思う。

 ピルロが自分でボールを奪えば、すぐ近くに相手の選手がいることになる。そうなれば、ピルロが展開するときに後ろから寄せられてしまうかもしれない。ピルロは自分で奪うのではなく、味方に奪ってもらうことによって、攻撃に切り替わったときにパスを展開しやすくしているのだ。

 ピルロのいるチームは、ピルロのパス能力を最大限に生かすためのシステムが組まれる。ユベントスであればピルロの前にはボール奪取力の高いクラウディオ・マルキジオとアルトゥロ・ビダル、背後にはイタリア代表でもレギュラーを務める3バックの選手が構える。いわば5人の選手でピルロの周りに防護壁を作っているようなもの。

 その中にあってピルロがディフェンスを免除されているかといえば、そんなことはない。ピルロは守備時にも常に中央に位置してフィルターの役割を果たしている。相手が後方でボールを回して攻撃のスイッチを入れようとタイミングをうかがっているとき、ピルロはボールの位置に合わせて細かくポジションを修正しながら、ボール保持者の縦パスのコースを消す。ボールを持っている側とすれば、縦パスを狙っているのに常にピルロが視界に入ってくるのでパスが出せない。

 相手がドリブルで仕掛けてきたときも、ピルロは身体を寄せて巧妙に誘導する。ピルロの寄せをかわしたと思っても、その先には屈強な選手が待ち構えているのだから、ボール保持者としては罠にはめられたという感覚だろう。

受け手にやさしい正確なキック

 そしてピルロの最大の特長といえるのが、低い位置からピンポイントでDFラインの背後を突くパスを出せることだ。

 前を向いて2秒ぐらいフリーになる時間があれば、飛び出した選手がワンタッチで打てるところに正確なボールを落とす。DFの選手がジャンプしても触れない、それでいて上空に蹴り上げるようなボールではないので、パスを受ける側にとっても優しい。アメリカンフットボールのタッチダウンパスに例えられることもあるが、これだけの精度の高いボールを蹴る選手がいれば、味方としては走りがいがあるだろう。

 左右両足で正確なキックができるのも、ほかの選手にはないピルロのストロングポイントだ。右足でしか蹴れない選手であれば、左足側にボールがあるときは裏へのパスを出しづらいが、どこにボールがあってもパスを狙えるので、自分のタイミングではなく味方の選手のタイミングに合わせてパスを出すことができる。

 技術の高い選手に共通することだが、ピルロもボールを見ている時間が普通の選手よりもかなり短い。常に顔を上げながら周囲の状況をうかがっていて、顔を落とすのはボールを蹴る瞬間ぐらい。パスを受ける味方も常に動きを見てくれているという信頼感があるので、ピルロがボールを持ったときに思い切ってアクションを起こす。

 司令塔としてピルロに並ぶ選手はそうそう出てこないのではないだろうか。

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<目次>
第1章 守備編1 ポジショニング
第2章 守備編2 アプローチ
第3章 守備編3 1対1の守り方
第4章 守備編4 グループ
第5章 攻撃編1 ビルドアップ
第6章 攻撃編2 ターン技術
第7章 攻撃編3 ゲームメイク
第8章 攻撃編4 攻撃参加
第9章 ボランチの見方

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著者プロフィール

1982年7月6日生まれ。北海道旭川市出身。日本ジャーナリスト専門学校卒業後、放送作家事務所を経てフリーライターに。2005年から2009年まで『ストライカーDX』編集部に在籍し、2009年3月より独立。現在はサッカー、フットサルを中心に活動中。主な著書に「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」(ガイドワークス)などがある。

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