ラスベガスを熱くしたリナレスvs.荒川=“真の世界”を目指すことの興奮と喜び

杉浦大介

美の極致を見せて判定勝利したリナレス

ボクシングの本場アメリカ・ラスベガスで行われたリナレス(右)と荒川のWBC世界ライト級挑戦者決定戦。一段次元の違うスピードとテクニックを駆使して、リナレスが判定3−0で圧勝した 【Getty Images】

 日本のジムに所属する2人のファイターが、世界タイトルの挑戦権を懸けてラスベガスのリングで激突する――。まるでボクシング漫画のクライマックスで実現しそうなサバイバルマッチは、フルラウンドの激闘となった。

 3月8日(現地時間)にアメリカMGMグランドガーデン・アリーナで行われたWBC世界ライト級挑戦者決定戦を制したのは、帝拳ジムに所属する輸入ボクサー、ホルヘ・リナレス。序盤ラウンドから一段次元の違うスピードとテクニックを駆使し、荒川仁人(八王子中屋)に試合の主導権を渡さなかった。

 特に機を見て打ち込む左アッパーは美の極致であり、軽量級の名王者リカルド・ロペス(メキシコ)が放ったそれを思い出したほど。最後まで気を抜かずに戦い抜き、3−0(100−90、100−90、98−92)の判定で文句のない判定勝利をものにした。

3階級制覇狙うリナレスが若き王者フィゲロアに挑戦

 2008年までに世界フェザー、スーパーフェザーの2階級制覇を達成し、一時はアメリカでも「スーパースター候補」と呼ばれたリナレス。その後に3度のストップ負けを喫してキャリアは暗礁に乗り上げかけていたが、全米にPPV放送された今回の舞台で世界ランカーに快勝した意味は大きい。

「荒川はタフだった。すごかったね。それでもいい試合ができたと思います」
 試合後に笑顔でそう語ったベネズエラの俊才のターゲットは、荒川に勝ってWBC世界ライト級王者となったオマー・フィゲロア(メキシコ)である。

 速攻型のパンチャーである24歳のフィゲロア、3階級制覇を目指すリナレスの新旧対決は少なからず話題を呼ぶはずだ。リナレスは荒川戦中に右拳を痛めたこともあり、対戦がいつになるかはまだ分からない。ただ、その早期実現を楽しみにしているファンはアメリカにも少なくないだろう。

米国メディアもたたえる闘争心を見せた荒川だが…

 一方の荒川は、米国内で2013年の年間最高試合候補になったフィゲロア戦に続いて健闘をみせたが、不利のオッズを覆すことはできなかった。

 リナレスの強烈なパンチを何度浴びても、平気な顔で立ち向かい続けるタフネスは紛れもなく世界レベル。ただ、攻守両面でのスキルではリナレスに遠く及ばず、ポイントを失い続けた。中盤以降はパンチにキレを欠き、大逆転KOの予感を感じさせるにも至らなかった。

「私がプロモーターなら勝とうが負けようが荒川を起用するだろう」(マイケル・ウッズ/ESPN New York.com)
「リナレスの大勝だが、しかし、荒川も尊敬せずにはいられない」(ブライアン・キャンベル/ESPN.com)
 一部の米メディアは試合終了直後にそうツイートし、その飽くなき闘争心と打たれ強さをたたえた。しかし、タイトル挑戦権も懸かったこの一戦は、“いいファイト”を見せるだけでなく、絶対必勝の試合でもあったはずだ。

「負けているのは分かっていました。できることはすべてやったが、やり遂げられずに残念です。リナレスはとても強かった」
 試合後に広報を通じて残したコメント(注/英語を訳したもの)からも、隠し切れない落胆が感じられた。海外で好試合を続けてきたが、結果的に世界ランカー相手に3連敗。もう32歳と若くないだけに、今後について考えることもあるだろう。

「強いものがチャンピオンであるべき」

 ただ……それでも、ほんの1年半前までは世界的にはまったく無名の存在だった荒川が、強豪と戦い続けることで、“アメリカで最も名を知られた日本人ボクサー”になったことの価値が変わるわけではない。

 リナレス、荒川ともにハイレベルの試合をこなし、ラスベガスにまで通じる道を切り開いてきた。その過程で、2人とも本場のファンを喜ばせる試合ができることも証明してきた。ここでラスベガスでの直接対決を終えて、勝ったリナレスは日米両方のファンからの支持を受けて世界王者に挑むことができる。

「タイトル自体に価値があるのではなく、強いものがチャンピオンであるべきですよね。強い選手に勝って獲ったタイトルにこそ意味があるんです」

 試合前に荒川はそう語っていたが、実際にこの一戦は、母国の代表が“真の世界”を目指すことの興奮と喜びをファンに味わわせてくれた。それだけに、これからも似たような道のりを歩んでくれる日本人選手が現れて欲しいもの。正当な実績を積み上げ、本場に認められ、再びラスベガスの舞台に立って欲しい。それが成されたとき、MGMグランドガーデンでのリナレスと荒川の好ファイトはより大きな意味を持ってくることにもなり得るのである。
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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