コロンビアは知将率いるエリート軍団=ペケルマン改革で覚醒、ベスト8狙う

藤坂ガルシア千鶴

計画性なき監督交代、今予選でも序盤に解雇……

エースのファルカオ(写真)をはじめ、コロンビアはタレントぞろい。生まれ変わったエリート集団はベスト8進出を狙う 【Getty Images】

 1990年代、カルロス・バルデラマやファウスティーノ・アスプリージャといった名選手たちによって、黄金期を築き上げたコロンビア。94年ワールドカップ(W杯)・米国大会の南米予選では、当時“無敵艦隊”と呼ばれていたアルゼンチンをアウエーで5−0と撃沈するほどの威力を誇っていたが、98年W杯・フランス大会出場後、それまでチームを支えていたスター選手たちが去ったことで一気に失墜した。
 以後、1年半の長丁場となるW杯予選の途中で、結果を出せなければ即時に協会幹部が監督を交代させるという悪習慣が根付き、強化計画の方向性を完全に見失った状態にあった。

 今回の予選でも予想外の監督交代劇が起こり、コロンビアの人々は同じような結果を想像していた。2011年のコパ・アメリカ(南米選手権)でチームを指揮したダリオ・ゴメス監督は、準々決勝でペルーに完敗した後、一部のメディアから批判を受けながらも続投が決まっていたが、予選開始直前に暴行事件を起こして辞任。協会は急きょ、黄金期に代表DFとして活躍し、国民からの支持率も高いレオネル・アルバレスを新監督に抜てきするという窮余の一策に出た。

 アルバレス監督の指揮の下、コロンビアはアウエーの高地ラパスでボリビア相手に2−1の勝利を収めて幸先の良いスタートを切ったが、その後ホームでベネズエラと引き分け、アルゼンチンには逆転負け。そこで協会は「いつものやり方」に従い、アルバレス監督をさっさと解雇してしまったのである。

ペケルマンがもたらした継続性と自信

 だが今回、事情は大きく異なっていた。後任に任命されたのが、“知将”ホセ・ペケルマンだったからだ。
 かつてアルゼンチンのユース代表総監督として数々のタイトルをもたらし、長期計画に基づいて現在のアルゼンチン代表のベースとなる育成を施行してきたペケルマンの手によって、チームは生まれ変わった。デビューとなったペルー戦で勝利した後、宿敵エクアドルには惜敗を喫したが、その後はウルグアイ、チリ、パラグアイ相手に連勝。就任から1年も経たない間に、コロンビア国民が失いかけていたW杯出場への夢を、実現可能な目標として人々の意識に植え付けた。

 ペケルマンは決して大掛かりなメンバーの入れ替えをしたわけではなかった。ゴメス元監督がコパ・アメリカで起用したチームをベースに残し、37歳のベテランセンターバック、マリオ・ジェペスを軸に熟練したDFがそろった4バックで網を張りながら、中盤ではハメス・ロドリゲスがテンポを刻む。前線ではラダメル・ファルカオとテオフィロ・グティエレスの2トップがゴールを狙う4−4−2を維持。以前の代表は大手メディアの批判に振り回され、プレースタイルの変更を強いられることも少なくなかったが、ペケルマンは継続性を与えることにより、チーム力を高めることに成功した。
 その結果、予選16試合を戦って9勝3分け4敗という好成績で、首位アルゼンチンに次ぐ2位で通過を決めた。

 ここにプラスの要素としてペケルマンが加えたのは、メンタル面の強化だった。
 アルゼンチンで育成に従事していたころからメンタル強化に力を入れてきたペケルマンは、コロンビアの選手たちが自信を失ってしまっていることに気づき、前線の決定力をはじめ、速攻の効果や中盤の選手たちの正確さ、連係性の高い守備など、予選を突破するだけの実力が十二分にある「エリートの集まり」であることを意識させた。

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著者プロフィール

89年よりブエノスアイレス在住。サッカー専門誌、スポーツ誌等にアルゼンチンと南米の情報を執筆。著書に「マラドーナ新たなる闘い」(河出書房新社)、「ストライカーのつくり方」(講談社新書)があり、W杯イヤーの今年、新しく「彼らのルーツ」(実業之日本社/大野美夏氏との共著)、「キャプテンメッシの挑戦」(朝日新聞出版)を出版。

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