レ・ブルーはいかにして劣勢を覆したのか=奇跡の大逆転を呼び込んだ選手たちの闘志

木村かや子

辛らつなファンの心をつかんだ奮起のプレー

奇跡の大逆転でW杯出場を決めたフランス、スタジアムは歓喜に包まれた 【Getty Images】

 ここ数年、ホームチームに幸運をもたらす場所に見えなかったスタッド・ドゥ・フランスに、久方ぶりの電気ショックが走った。

 フランスがウクライナを3−0で破り、ワールドカップ(W杯)・ブラジル大会出場を決めた瞬間、常軌を逸した歓喜が、凍てつくパリの夜空を照らした。飛び跳ねながらピッチに駆け込むレ・ブルー(フランス代表の愛称)の選手たち、胴上げされる監督、スタンドで振られ続けている無数のフランス国旗、そして観客席から試合の最中にさえ挙がった国歌『ラ・マルセイエーズ』の歌声。おそらく他の国のホームでは当然のこれらの反応は、もう7〜8年来、この辛らつなスタジアムの常識ではなかったのである。

 その4日前のW杯欧州予選プレーオフ第一戦で、フランスがウクライナに0−2で敗れ、絶体絶命の危機に追いやられていなければ、それはおそらく平凡な代表戦となっていたはずだ。これ以前にW杯の欧州予選プレーオフで一戦目を0−2で落としたチームが、結果的に勝ち上がったケースはただの一度もない。敗北の翌日、フランス各紙に、絶望と皮肉と期待の残骸が入り混じった悲観的な記事が飛び交ったのは、いわば当然のなりゆきだった。

 何より第一戦でのフランスは、攻撃が薄弱で、守備面でも脆く、一度は良い兆しを見せていたチームプレーが消えて振り出しに戻ったように見えていた。反対に軍隊のように統制が取れたウクライナは、決意をみなぎらせて一丸となって戦っていた。相手の実力と、近年のフランスが抱えるメンタル的弱さを鑑みたとき、互いが慎重になるのが常のプレーオフで、このウクライナが大量失点するとは想像しがたかったのだ。

 ところが4日後に現れたのは、あらゆる意味で全く別の顔を持った2チームだった。わずか数日の間に、フランスは一体どうやって状況を覆したのだろうか?

第一戦の戦犯に挙げられたナスリ

 第一戦の結果と内容を見たかぎりでは、ほぼ望みなしに見えていたフランスの予選突破。しかしその一方で、テクニカル面の欠陥があまりに顕著だっただけに、修正すべき点は一戦目の試合中から浮き彫りになっていた。そしてディディエ・デシャン監督が踏んだ第一のステップは、その修正の理論を躊躇(ちゅうちょ)なく実行に移すことだった。

 第一戦でのデシャンは、サミール・ナスリ(マンチェスター・シティ)をトップ下に、左サイドにフランク・リベリ(バイエルン・ミュンヘン)、右サイドにロイク・レミー(ニューカッスル)、トップにオリビエ・ジルー(アーセナル)を入れ、ブレーズ・マトゥイディ(PSG)とポール・ポグバ(ユベントス)をボランチに据えた4−2−3−1のシステムを敷いた。このナスリとレミーの先発起用には、試合前から専門家が異論を唱えていたのだが、蓋を開けてみれば、まさにこのナスリのトップ下起用が、大失策となった。

 ナスリはトップ下でありながら試合の大半で(ボールをもらいにいくために)後退しすぎており、自らドリブルで上がろうとする際のスピードが遅い上に球離れが悪いため、ウクライナの守備陣にゴール前に結集する時間を与えてしまっていた。またトップのジルーに効果的なパスを出さず、敵に囲まれたジルーのフォローにも行こうとしなかったため、FWが孤立することになった。ナスリのパスの行き先がリベリやカリム・ベンゼマ(レアル・マドリー)に偏る傾向は、今に始まったことではない。しかしこの日、リベリにパスが集まる傾向はあまりに顕著過ぎ、ほぼすべての攻撃が左サイドに偏っていたため、相手DFに試みを容易に読まれていた。

 両ウイングがうまく使われていない、というのはフランスの慢性的悩みだ。レミーは所属クラブでの好調さとそのスピードを買われて起用されたのだが、久々の登場であるせいかあまりボールをもらえず、思い切りも悪く、右サイドで存在感を示せなかった。これが、最低2人、ときに3人のマークをつけてリベリ封じに余念のなかったウクライナ守備陣の仕事を、いっそうやりやすくしてしまっていた。

 またナスリの守備力の不十分さゆえ、攻撃参加で良いものを持つポグバら守備的MFが前に出ることができず、やはり常に下がり気味の位置をとることに。そのためポグバが攻撃の脅威となって持ち味を出すことができなかったばかりか、FWと中盤の間に余計大きな溝ができることになった。

思い切ったメンバーチェンジが生んだ奇跡

 そこで第二戦でのデシャンは陣形を4−3−3に変え、ポグバとマトゥイディの後ろに、やはり攻撃的性向もそなえた守備的MFヨハン・カバイェ(ニューカッスル)を据えるという、PSG風の逆三角形の3ボランチ制をとった。守りと攻めの双方をこなせる3人は、状況に応じ1人が攻撃に参加すれば1人が下がって守備に目を光らせる、というローテーションをしながら交互に攻撃に加勢し、これで攻撃面での怖さがグッとアップしたのだ。
 プレー中も、得点を生んだセットプレーの場面でも、このボランチの1人の攻撃参加が一戦目と大きく違った点だ。3点目のビルドアップの際に、ポグバがリベリに簡単に見えて実は絶妙なバックパスを出したシーンが、そのいい例だろう。また得点にはならなかったとはいえ、ポグバ、カバイェ共にミドルシュートで敵に冷や汗をかかせており、終盤にはマトゥイディもFWばりの勢いでゴール前に迫った。

 またナスリと違い、カバイェは誰かにパスを偏らせる傾向を持たない。広いビジョンで空きがあるところにパスを満遍なく供給するため、両サイドがよりイーブンに使われ、これが相手ディフェンスを散らすことにつながった。そしてここには、レミーに代わって右サイドに復帰したマチュー・バルブエナ(マルセイユ)の存在が、大きく関わってくる。

 名義上右ウイングとはいえ、決してひとところに留まらない、疲れしらずの“小さな機関車”バルブエナは、ピッチ中をところ狭しと駆けずりまわって敵をかく乱することに成功。おかげで第一戦よりリベリが目立たなかったが、それはまた、相手DFの注意を別の場所に散らすことでよりリベリを生かす、という効果ももたらした。実際、フランスの1点目はリベリのシュートをDFが防いだこぼれ球から、3点目はやはり彼のシュートがアシストとなって生まれていたのだ。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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