レ・ブルーはいかにして劣勢を覆したのか=奇跡の大逆転を呼び込んだ選手たちの闘志

木村かや子

大任にひるまなかった若いCBペア

W杯出場を決めたとはいえ、発展途上のフランスは課題も多い。エースであるべきベンゼマはいまだ本調子には見えない 【Getty Images】

 またデシャンは、第一戦で弱さの見えたエリック・アビダル(モナコ)、ローラン・コシェルニー(アーセナル)のセンターバック(CB)ペアを、ママドゥ・サコ(リバプール)、ラファエル・バラン(レアル・マドリー)の若手ペアに置き換えるという、勇気のいる決断を下した。個人的には、デシャンがポグバ、バランの若手を起用した対グルジア戦(9月7日)で、レ・ブルーの脱皮の兆しが見え始めたと思っていたのだが、バランの故障で連続起用が不可能となり、継続性が途絶えてしまっていたのだ。

 いくつかの試合でいい働きを見せていたアビダルだが、プレーオフ第一戦ではやや疲れが見えていた。一方のコシェルニーは全般的能力で良いところを見せた一方で、エリア内でのファウルで痛恨のPKを献上。さらに挑発に乗って対戦相手に手を出した結果、退場処分を受けてしまう。これがなければ、両CBを若手にすることに不安を感じたデシャンが、コシェルニー+若手1人とした可能性も高いのだが、結果的にこの退場処分は吉と出た。というのも若いCBが、大方の想像を上回る働きを見せたからなのだ。

 PSGで補欠に身を落としたことも災いして代表レギュラーの座を失ったサコは、代表での奮起を重視するがゆえにリバプールに移籍した。つまりこのチャンスをつかむ意欲満々だったわけだが、意欲が空回りして大ポカを犯すこともあった彼だけに、サコ起用に不安を感じていた者は少なからずいたはずだ。

 ところが、この日のサコは乗りに乗っていた。ウクライナ攻撃陣の活力不足ゆえ、激しい攻めに対処する必要性には迫られなかったとはいえ、1対1を非常に高い確率で制し、その他の技術的部分でも、イングランドでの短期間の間に少しばかり上達したところを披露。そして何より彼はこの日2得点を挙げ、文字通り勝利の立役者となったのである。

 コシェルニー不在ゆえ、故障から無理やり回復して(?)臨んだバランも、その歳にしては尋常ではない冷静さで、守備陣に安心感を与えていた。一見地味な働きながら、バランのポジショニングの良さや、ビジョンの良さからくる仲間のカバーの巧みさは、ある意味でサコ以上の器の大きさを感じさせる。

行動の伴った意欲が道を切り開く

 しかしこれらのメンバーチェンジも、第二戦のピッチを踏んだ選手たちが持ち前の力を発揮できていなければ何の意味もない。上記の変更の結果として生まれたチームプレー、そしてメンバー全員にみなぎっていた前向きな姿勢は、おそらくこの試合における最大の収穫だった。一戦目の直後、選手に何を頼むかと聞かれたデシャンは「(劣勢を覆し予選突破することは)可能だと信じること」と答えた。そして監督は、実際に「やってみせる」という姿勢を選手に浸透させることに成功したようなのだ。

 攻めても守ってもラインがスカスカに見えた第一戦と違い、第二戦では全員がより動いていたために人数をかけて攻めることができ、その結果得点が生まれた。少なくとも5−6人がエリア内と周辺にひしめいていた3点目の状況がそのいい例だ。まず、マテュー・ドビュッシー(ニューカッスル)が相手DFのクリアボールを縦パスで前方に切り返し、それをサコがヘッドで落としてパトリス・エブラ(マンチェスター・ユナイテッド)がシュート。そのリバウンドをバルブエナが触り損ねたが、横にいたポグバがリベリにパスし、リベリのシュートをサコが押し込むという、まさに全員参加型の攻めでもぎ取った決勝点だった。

 1点目はリベリのシュートのセカンドボールをサコが突き、2点目ではカバイェのシュートがはじかれたところをバルブエナが胸トラップして、落ちたところをベンゼマが決めた。この数人がセカンドボールに目を光らせる姿勢も、一戦目ではあまり見られなかったことだ。ちなみにこのベンゼマの2点目は実はオフサイドだったが、その数分前にやはりベンゼマが決め、オフサイドと判定された1点はオンサイドだったので、おあいこといったところだろう。

 0−2で敗れたー戦目のあと、デシャン監督は、選手の選択に関わる采配ミスについて、ナスリと同じくらい酷評されていた。誰よりデシャンにとって、辛い4日間だったに違いない。しかし3−0で終わった二戦目ののち、指揮官は「選手たちを誇りに思う。最大の喜びは、選手たちがやってのけるところを目にできた、ということだ。私は準備をするが、実際にピッチでそれをやるのは選手たちだ。私はかつて選手だったから知っている。歴史を築くのは、彼ら選手たちなのだ」と感慨深げに言っている。デシャンは、この日、戦法を実行する者が力を見せたがゆえに成功を収めたのであり、自分の采配自体が勝利のカギだったわけではない、と言いたかったようなのだ。

レ・ブルーはいまだ発展途上

 デシャンは「今日のレギュラーがベストイレブンか」という問いにうなずくことを拒否した。デシャンが第一戦でナスリにプレーの鍵を託したのは、相手のレベルに違いがあったとはいえ、それに先立つ2戦でナスリが良いプレーを見せていたからだ。正直、ナスリがボールをキープしすぎてプレー展開を緩慢にする傾向は気になるが、良いときの彼が違いを生む力を持った選手であることもまた事実。ナスリ否定派が少なからずいる中、監督は、「今日は幸いこれでうまくいった。しかし別の状況では別の組み合わせがうまく機能するかもしれない」と言うことで、一試合で機能しなかったらそれでお仕舞いというわけでない、とあえてほのめかした。

 いずれにせよ、現フランス代表は完璧には程遠い。アウエーで0−2ののちのホームで3−1にされていれば、フランスは敗退していた。そしてウクライナは、後半の頭に退場者を出し10人に減っていた。にもかかわらず、全力で4点目を奪いにいくかわりに、3−0となってから中途半端にボールを回し、やや安易にボールを奪われていた点、また2−0としたあとにその勢いで突き進まず、やや攻めの勢いを落としてしまったことなど、気になる『甘さ』は多々ある。

 またエースストライカーでなくてはならないはずのベンゼマは、今回こぼれ球を押し込みはしたものの、GKとの1対1でのチャンスボールを決め損ねて観客に頭を抱えさせており、いまだ本調子には見えない。他にも、リベリやポグバが絶好の得点機で的をはずしているのだが、相手のレベルが上がると、ワンチャンスをつかめない甘さは死を招くことになる。

 最後に、相手のウクライナが第一戦の決然たる姿勢を貫けていなかった、という点も記しておく必要がある。監督が婉曲的に明かしたところによれば、一戦目の勝利で逆にプレッシャーがかかり、彼らは精神的に良い状態で2戦目に臨めなかったらしい。ホテルからバスで会場に到着したウクライナが、縁起を担いで、バスの運転手に「絶対に“後退しない”で駐車してくれ」と頼んだという逸話も漏れ伝わってきた。つまり、試合の重要性ゆえにナーバスになってしまったウクライナの方も、別の顔をのぞかせていたのだ。

 というわけで向上の余地は多々あれど、フランスを『W杯を部外者として外から眺めるさびしい夏』から救った選手たちの闘志、そしてそれに続いた勝利は、値千金の重みがあるものだった。フランスの専門家は、傲慢(ごうまん)さを捨て、ハートを見せて戦った彼らを称えつつ、「1回では足りない。それを毎試合繰り返さなければならない」と言う。それが、アウトサイダーとしてブラジルに向かう未完成のレ・ブルーの、次なる課題なのだ。

<了>

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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