完走して感じたマラソンの醍醐味と引力=陸上ライターの大阪マラソン体験記

中尾義理

市民ランナーにも立ちはだかる30キロの壁

42.195キロを駆け抜けた市民ランナーらは、喜びと達成感に満ちた表情でフィニッシュを迎えた 【坂本清】

 トップレベルの大会のテレビ中継で「マラソンは30キロからが勝負です」などと言うのをよく聞く。ハーフの経験があれば“貯金”で30キロまではもつが、その先に壁がある。実際、30キロを過ぎると、歩いたり、立ち止まったりする人が目立ち始める。どんな辛さが待ち受けているのだろうか。

 脚の筋力が42.195キロ仕様に鍛えられていない場合、まず、脚に力が入らなくなる。一歩一歩がズシンと鈍く重たく響く。
 こうした状態を、今年8月の世界選手権女子マラソン銅メダルの福士加代子(ワコール)は「あんな子鹿になるとは」(初マラソンの08年大阪国際女子マラソンを振り返ってのコメント)、日本歴代2位の2時間19分41秒の記録を持つ渋井陽子(三井住友海上)も「生まれたての子鹿みたい」(初優勝した01年大阪国際女子マラソンの優勝インタビューでのコメント)と表現し、頼りなくなった脚をともに“子鹿”に例えている。

エネルギー補給も注意「たこ焼きを食べなければ……」

 市民ランナーもそうなったらペースを落とさざるを得ない。大阪マラソンでは沿道からスプレー式鎮痛消炎剤を貸す人が何人もいて、それに頼るランナーを多く見たが、ペース配分と練習で走る距離が“子鹿対策”の原則だろう。

「おなかが減る」という声も聞く。私もこのタイプ。典型的なエネルギー消耗だ。序盤から、給水所の水やスポーツドリンクは取り逃さないようにしたい。ゼリー状の補給食品を携帯して走るランナーも多い。私は給食所で甘いものを積極的に食べ、後半に備えた。

 大阪マラソンでは37キロ〜37.5キロに、約20メートルを駆け上がる「南港大橋」の上り坂が待ち構えている。ここを乗り切るには、心にも体にも準備が必要だった。南港大橋の手前、32.5キロ地点に巨大な給食所が設けられていて、大阪市内の商店会などが協賛し、たこ焼き、だし巻き、いなりずし、きゅうりアイスなどが振る舞われる。走りながら食べるのは楽ではないが、ボリューム満点の給食所は、30キロ以降の辛さを実感として知っている人が設計したに違いない。

 ただ、給水所や給食所に長居は禁物。今回の大阪マラソンで初サブ4を狙いながら、4時間00分05秒(ネットタイム)だったという男性(40歳・大阪)は「たこ焼きを食べていなければ」と笑い飛ばすしかない結果に。また、混み合う給水所では、紙コップを取ったらすばやく給水所から離れて飲むなどして接触を予防した。

 後半の難局で沿道に救われるランナーも少なくない。「バテてからのハイタッチに元気をもらいました」(51歳女性・大阪)、「前回はハイタッチをしました。今回、黙々と走っていたら心が折れました」(53歳男性・神奈川)。30キロを超えると腕も重たくなるが、沿道の人々は手を上げてハイタッチを待っている。手と手をパチン。意外とこれが効くようだ。

完走して味わう「自分にもできた」という達成感

 さあ、大阪マラソンのフィニッシュが見えてきた。時計は4時間を回ったところ。並走するランナーを見ると、みな笑顔ばかりで、雄たけびを上げて興奮している人もいる。ここまで辛抱してくれた脚に感謝しながら、私も同じように得意顔になっているに違いない。
 まもなく迎えるであろう解放感。特別なランナーだけが走れると思っていた42.195キロが自分にも完走できたという達成感。脚にさまざまなトラブルが発生しても、たどり着いたフィニッシュライン。「フルマラソンを完走した」と話したときの周囲の反応。一つ一つの体験が、マラソンの醍醐味を教えてくれる。
 そしてチャレンジが一つ実ると、次の目標にチャレンジしたくなる。だから、また走り始める。マラソンはすべてのランナーを「もう一回」と駆り立てる引力を持っている。

<了>

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著者プロフィール

愛媛県出身。地方紙記者を4年務めた後、フリー記者。中学から大学まで競技した陸上競技をはじめスポーツ、アウトドア、旅紀行をテーマに取材・執筆する。

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