Jリーグの理念を体現する地域貢献=奇跡の甲府再建・海野一幸会長 第4回

吉田誠一

クラブの活動が地域に浸透

ユニホームスポンサー「はくばく」と毎年行っている田植え体験の様子。甲府の地域貢献活動は地元で確実に評価されている 【写真:ヴァンフォーレ甲府】

 03年からは山梨大学付属病院小児病棟への慰問を続けている。小児病棟には悪性腫瘍、腎臓、心臓疾患など重篤な患者が多く、長期の入院を強いられている。インフルエンザなどの感染を避けるため、普通は外部から人を入れることを避け、面会も両親だけに限っている。

 03年7月に行った甲府の選手による慰問は当時としては特殊なケースだった。プレールームで藤田健、池端陽介ら5選手がリフティングを見せ、子どもたちの質問に答える形で対話をした。
「いつからサッカーをしているんですか」「休みには何をしているんですか」「彼女はいるんですか」という問いに選手が答え、サインをし、一緒に写真に収まった。プレールームに足を運べない子もいるため、個室を回って相手をした。それで病気がすぐに治るわけではないが、病棟に潤いができる。

 慰問を続けて10年がたち、選手は子どもたちとの接し方が巧みになってきた。甲府運営部の植松史敏によれば「どうしたら喜んでもらえるのかをよく考えていて、盛田剛平、土屋征夫、石原克哉、山本英臣といったベテランはやはり言葉の掛け方がうまい。そういう姿を若手が見て学んでいる」という。

 喜んでいるのは子どもたちだけでなく、交流会は患者の両親や看護師にとってもリフレッシュの機会になっている。山梨大学医学部小児科の犬飼岳史・准教授(元小児科病棟医長)は「この会の対象は子どもたちだけれど、その周りにいる大人へのプラスの効果も大きい。ヴァンフォーレが子どもたちとコミュニケーションを取る際の格好の材料にもなっている」と話す。

 甲府の試みが、実は小児病棟の意識改革にもつながったという。かつては病棟に外部の人間を受け入れることへの抵抗が強かったが、選手の慰問をきっかけに、外から人に訪ねてもらいイベントを開くことの効果の大きさに気付いた。いまでは出張プラネタリウム、演奏会、お話会など盛んに病棟内でイベントを催すようになった。選手たちの慰問が医療の現場のあり方にも変革をもたらしたことになる。

 一連の活動は地元で確実に評価されている。Jリーグによるスタジアム観戦者調査の観戦動機に関する問いで「クラブが地域に貢献しているから」という返答の割合を見ると、甲府は04年から12年までの9年間で7度、J1、J2全クラブの中でトップになっている。

地域貢献活動が身を結び、入場者数は増加

 クラブが地域のための活動に精力的だから、人々の共感を呼ぶ。活動は地元企業の経営者の琴線にも触れる。山梨スズキ販売の荻原公明社長は甲府の地道な地域貢献活動を耳にし、クラブへの支援を厚くした1人だ。「海野さんの講演を聞いて、ヴァンフォーレはこんなこともやっているのかと認識した。その取り組みは評価すべき立派なことですよ」と話す。今年は新たにスズキの車を3台、クラブに提供している。

 地域貢献活動は海野の狙いどおり、入場者の増加に結びついている。海野が就任する前の00年の1試合平均入場者は1850人だった。再建1年目の01年には目標の3000人を突破する3130人を数え、その後も年々、増加した。

 甲府は地域貢献とともに、アイデア勝負の話題づくりにも力を入れてきた。信玄と謙信の戦を模して、03年に松本平広域公園総合球技場(アルウィン)でアルビレックス新潟と激突した「平成の川中島合戦」、05年にザスパ草津(現群馬)と対戦した「石和・草津の温泉マッチ」、元日本代表の小倉隆史と城彰二の対決をフィーチャーした横浜FC戦。

 そうした話題づくりの効果もあり、初めてJ1に昇格した06年には1試合平均入場者がついに1万人の大台に乗り、翌年に1万3734人を数えるまで毎年、増加した。J2に降格しても1万人を割ることはなく、10年にはJ2にいながら1万2406人を集めている。勝敗にかかわらず、安定的に観客を呼べるクラブへと成長した。

 さらに甲府は地域貢献活動をマスコミに取り上げてもらうように積極的に働き掛ける。クラブのスタッフは地元企業などへの営業の際に「我々はサッカーだけをしているわけではないんです」と訴え、地域貢献の内容を説明する。
 海野はこう語る。「いいことをしたときに、それを宣伝するのは美徳ではないという人もいるけれど、甲府は、Jリーグの理念は地域貢献であるということを世に知らしめたと思う」地域貢献こそがJリーグが生き残り、発展していくためのキーになるということを知らしめている。

<第5回へ続く>

(協力:Jリーグ)

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