欧州移籍市場から考察する金銭の動き方=Jにはない選手の見方と移籍の価値観

小澤一郎

天文学的な高値が付いたベイル

ベイルを筆頭に高額な移籍金が動いた移籍市場。各クラブの補強から金銭の動きを考察したい 【Getty Images】

 大物選手の移籍が相次いだ今夏の移籍市場も、9月2日でウィンドウが閉まり、いよいよ視線は8月に開幕した欧州各国のリーグに集中し始める。今夏の移籍市場を象徴する出来事は、英国メディアで「史上最高額の1億ユーロ(約130億円)」とも言われるウェールズ代表のMFガレス・ベイルのレアル・マドリーへの移籍だろう。トッテナムのダニエル・レヴィ会長の強気の交渉術や、ライバルであるバルセロナとのネイマール争奪戦に敗れたレアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長が、ネイマール以上のインパクトを残すビッグオペレーションを熱望していたことなど、複数の要素が絡み合いながらベイルには天文学的な高値が付いた。

 レヴィ会長がベイル放出後も「売るつもりはなかった」と発言しているように、トッテナムが経済的必要性に駆られていなかったことは確かだが、一方でベイルの移籍が正式発表される直前の8月30日に推定5500万ユーロ(約72億円)を投じてMFクリスティアン・エリクセン(←アヤックス)、MFエリック・ラメラ(←ローマ)、DFブラド・キリケシュ(←ステアウア・ブカレスト)という代表クラスの3選手の獲得を決めている。裏を返せば、ベイル放出で得られる1億ユーロ近い移籍金を見込んだ上での迅速な補強であり、少なからずフロントからは看板選手を引き抜かれることに対するセンチメンタルな感情や、イノセントな対応はみじんも感じられない。

 移籍市場で動く選手の数も移籍金の額も日本のJリーグとは比べ物にならない欧州ではあるが、本稿では今夏の欧州移籍市場の中で各クラブが選手売却資金をどのようにチーム強化につなげているのかを見ながら、最終的にJクラブや日本サッカー界として参考にできそうなものを抽出するようにしたい。

ファルカオ移籍の裏にあった密約

 ベイルの移籍が決定するまで今夏最高額の移籍は、ナポリからパリ・サンジェルマン(PSG)に加入したウルグアイ代表FWエディンソン・カバーニだった。移籍金は推定6400万ユーロ(約83億円)で、ラファエル・ベニテス監督を迎えたナポリのデ・ラウレンティス会長はPSGからの移籍金を元手に総額7850万ユーロ(約103億円)もの大型補強を敢行している。中でも、レアル・マドリーからFWゴンサロ・イグアイン、FWカジェホン、DFラウール・アルビオルという即戦力となる3選手の獲得に5800万ユーロ(約75億円)をつぎ込んだ。

 昨シーズン終了直後にあっさりとFWラダメル・ファルカオをモナコに放出したアトレティコ・マドリーのケースも見ておこう。2011年8月にマンチェスター・シティに移籍したFWセルヒオ・アグエロの後釜として、ポルトから加入したファルカオの移籍金は4000万ユーロ(約52億円)。アグエロの移籍金が4500万ユーロ(約59億円)であり、表面上はその移籍金を使ってA・マドリーはファルカオを獲得したように見えるが、実際には財政難に苦しむA・マドリーはポルトからファルカオを獲得する際に、ドイエン・スポーツ・インベストメント(DSI)という投資ファンドグループから資金提供を受けている。その額は明らかになっていないが、モナコとの移籍交渉においてA・マドリーの主導権がなかった事実からしても少なくない額、パーセンテージの資金提供があり、昨シーズン終了前からDSIとモナコの間で話しはついていたと推測できる。

 報道では、ファルカオのモナコ移籍によってA・マドリーは契約解除金の6000万ユーロ(約79億円)を受け取ることになっているが、当然ながらDSIは投資額を回収した上で利益を確保しているため、A・マドリーが6000万ユーロを満額受け取ることはない。それを裏付けるように、ファルカオの後釜としてバルセロナから獲得したFWダビド・ビジャの移籍金は510万ユーロ(約6億7000万円)で、これは単に交渉の出来、不出来ではなく、ストライカー獲得に使うことのできる補強予算の設定が低かったということだ。

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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