西川の異能を感じさせる突出した攻撃性=目指すは世界で評価されるGK

中野和也

「異質感」を感じさせたワンプレー

7月の月間MVPを獲得した西川。その攻撃性はGKとしては異質なものを感じさせる 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 7月のJリーグ月間MVPを獲得した西川周作。彼のGKとしての「異質感」を、明確に感じさせたシーンがある。7月10日、対川崎フロンターレ戦の後半アディショナルタイム。派手なスーパーセーブや、オーバーアクションで選手を叱咤(しった)するような、いかにも「GKらしい」という場面ではない。

 スコアは3−2、サンフレッチェ広島リード。川崎の攻撃力を考えれば、1点差などティッシュの厚みと同程度ほどのアドバンテージである。実際、川崎は同点を期して、しゃにむに攻勢を仕掛けてきた。そのプレーは、川崎の圧力を広島がしのぎ、ゴールキックを獲得した直後に起きる。

 西川がボールをセットしたとき、二つの選択肢があったはずだ。一つは、ゆっくりと時間をかけ、最終ラインにボールをつなぎつつ、時間を稼ぐこと。普通であれば、こちらを選択するだろう。特に広島はポゼッションに特徴があるチーム。最終ラインでボールを回しながら相手をかわし、キープを続けることで逃げ切ろうと考えても不思議ではない。しかし、西川はもう一つのプレーを選んだ。

仲間も信頼を寄せる正確なロングキック

 川崎の選手たちがゆっくりとポジションに戻ろうとしたタイミングで、西川は左足を振り抜く。距離にして約60メートルのロングキックは、敵陣にいたファン・ソッコの胸にピタリと合った。このたった一発のキックで、川崎の選手たちの多くは完璧に置いていかれ、前線で数的同数の広島有利の状態が一気に作りだされたのである。ファンにとってのプロ初得点は、強敵・川崎への止めの一撃となったと同時に「アシスト」した西川というGKの特質を存分に表現したと言っていい。

 特筆すべきは、左足キックの正確性だけではない。彼自身が常に「得点を狙っている」ことだ。それは5月18日の対ヴェンファーレ甲府戦、一発のパスで相手DFの間を割り、佐藤寿人にビッグチャンスを供給した例でもわかる。「まずは寿人さんの動きを見て、裏を狙う。一発のパスでアシストしたい」。それが、西川の口ぐせだ。だから彼は、バックパスをもらってもあえてボールをキープし、タイミングを測る場合がある。千葉和彦や森崎和幸とパス交換し、プレスがきても全くあわてることなくボールを動かし、何げないパス交換を繰り返しながら、守護神は常に攻撃のチャンスを狙う。それは裏へのパスだったり、クサビのパスだったり、サイドへの展開だったりとバリエーションも豊富だ。

 そんな西川の攻撃性とセンス、両足で自在にボールを扱える技術が分かっているからこそ、守護神がボールを持った瞬間、広島のアタッカーたちは走り出す。走れば出てくると信じて、最適解となるポジションをとる。たった一発のゴールキックで数的同数を作ったのは、偶然ではない。西川とその仲間たちが育んできた、これもまたコンビネーションなのである。

GKとしての才能とは別の独自の武器

 もちろん、西川のシュートストップ能力が日本最高レベルにあることも疑いない。7月6日のFC東京戦では太田宏介や三田啓貴、7月13日のセレッソ大阪戦では柿谷曜一朗や山口螢。さらに7月17日のベガルタ仙台戦では武藤雄樹やウイルソン。いずれもアイデアに富んだ崩しから決定的なシュートを打たれた。しかし、西川はあわてない。ギリギリまで相手のプレー選択を見極め、落ち着いてシュートコースを読み切り、ゴールからはじき出す。

 ハイボールにも強く、キャッチングもうまい。前に出る決断も確かで、躊躇(ちゅうちょ)がない。しかし、それはトップクラスのGKであれば、多くの選手が持っている「才能」であり、「能力」だろう。西川を西川たらしめているのは、なんといっても彼の攻撃能力だ。

 例えば、仙台戦の82分。ファン・ソッコが相手の圧力をかわそうと西川にバックパスを出したのだが、そのボールが浮いてしまった。しかし、西川は全くあわてず、難しいショートバウンドのボールをダイレクトで浮かす。プレスに来た武藤の頭を超えるループパスを正確にファンに通したのだ。その1分後、山岸智のバックパスを今度はトラップ、梁勇基を引きつけて送った縦パスは、高萩洋次郎にピタリ。まるで精密機械のような西川のパスが起点となって、その後の野津田岳人の決定的なシュートを呼び込んだのである。

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著者プロフィール

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルートで各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。近著に『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』(ソル・メディア)

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