新谷仁美がメダル獲得にこだわるワケ=陸上

折山淑美

「タイムより結果」と肩を落とすも……

レース後、「まだまだ力不足」と肩を落とし涙した新谷だったが、「今回のレースを見て、小学生や中学生、高校生たちが夢を持ってくれ、陸上に向き合ってくれれば良い」とも話した 【Getty Images】

「永山さんは11年の世界選手権の時から代表チームでは見ていてくれて、私が1万メートルをやることの後押しをしてくれたコーチでもあるんです。だから、その指示を信じて走ろうと思ったんです」

 こう話す新谷が、先頭を走っていたフラナガンをかわして先頭に出たのは3550メートル過ぎだった。雨も降っていて、風も出てきて条件はきつかったが、そこから次の1周を73秒に上げて引っ張り出した。すると永山監督の予想通りの展開になった。4400メートルでは縦一列で走る先頭集団は8人になり、その後もひとり落ち、ふたり落ちとなっていく。そして、8400メートル地点では、エチオピア2人とケニア2人の5人の集団にまでなったのだ。

「自分を含めて5人になったところで、ラストは絶対に速いペースになると分かりました。『もし運も味方してくれたら、3番に入る可能性が私にもあるんじゃないかな』と思いましたね。でも、自分の力もある程度分かっているから、心のどこかでは『ラスト1000メートルからでいいから誰か前に出てくれないかな』とも思っていましたね。でも誰も出てはくれなかったから……」

 結局、ラスト500メートルで、優勝したティルネシュ・ディババ(エチオピア)が仕掛けて熾烈(しれつ)なスパート合戦になった。
「ディババさんが横に来たのは、場内のスクリーンを見て分かっていました。だからその時は『私もここで、最低でも200メートルは付かなきゃ。それができればメダルに絡める確率も高くなる』と思ったんです。でもあっさりと離されてしまって」

 新谷を置き去りにしたスパート合戦は、ディババが30分43秒35で制した。新谷は30分56秒70の自己ベストを出して5位に入った。
 だが、その大健闘といえる結果にも「自分としてはタイムより結果が欲しかったので満足はしていません」と表情を曇らせる。
「30分56秒というゴールタイムを見て、『もう10秒速くいける練習をしていたのに、この程度なんだな』と思いましたね。ラスト2000〜3000メートルの間で8〜9割の力を使ってしまっていたので、ラスト1000メートルはいっぱいいっぱいでした。練習をしていたのに、力を使い果たすのが早かったですね」

 新谷はそう言って肩を落した。だが、一方ではこうも言う。

「一番良かったのは、これまで自分で『主導権を握る走りを目指した』と言っていたけど、今回は他の人が(新谷の事を)『主導権を握っていた』と言ってくれたことなんです。もっと皆さんを面白がらせることができたと思うけど、私の今回のレースを見て、小学生や中学生、高校生たちが夢を持ってくれ、陸上に向き合ってくれれば良いと思います」

見えたメダルの可能性、結果を追い求めて

 この5位は彼女が地力でつかみ取ったものであり、スプリント力が劣る日本人選手の唯一の戦い方を貫き通した上での結果だった。そしてまた、新たな可能性も呈示してくれたと言える。8000メートルを過ぎてからその前が75秒だったペースを74秒に上げた時、ケニアの2人が離れていきそうな瞬間もあったからだ。そこでもう1〜2秒ペースを上げていれば、ケニア勢は離れて新谷はエチオピア勢と3人になり、メダルも獲得できたのかもしれない。

 新谷は「やっぱりそこがまだまだ力不足」と言うが、集団を引っ張りながら8000メートルからもう一段上げられる力さえ身につければ、スプリント能力では劣っていてもメダルに絡める可能性を見せてくれたのだ。

 手段が見えたなら、それを突き詰めていくしかない。

「陸上をずっと続けていると、考えることも多くなりました。昔はもう勢いのままいっても大丈夫だったけど、今は大丈夫になるためにはどうやっていけばいいかを考える感じで、走り方なども考えるようになりました」

 こう言う新谷だからこそ、これからも自分がメダルを取るための走り方を追い求めていけるに違いない。

<了>

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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