札幌は“日本のビルバオ”になれるのか=J2漫遊記2013 コンサドーレ札幌

宇都宮徹壱

育成畑を歩んできた財前監督の思い

福岡戦の2日後、選手のリカバリーの様子を見守る札幌の財前監督(中央) 【宇都宮徹壱】

 今季より札幌で指揮を執る財前恵一監督は、数年を除いてずっと地元・北海道で育成畑を歩んできたキャリアを持っている。1968年生まれの45歳。室蘭大谷高時代に、高校選手権でベスト4進出を果たし(87年)、高卒でプロとなるも度重なるけがにより96年に札幌でスパイクを脱いだ。翌年、栗山町にできたばかりのU−15で、指導者としてのキャリアをスタートさせている。

「(引退直後は)セカンドキャリアについては、あまり深く考えていませんでした。最初はサッカー教室という話だったんですが、コーチがいなかったのでやってくれと。今にして思えば、タイミング的に良かったと思います」とは当人の弁。以後は09年まで、トップチームのコーチも務めつつ、U−15とU−18のコーチや監督を歴任。その後、福岡の育成コーチを3年間務めてから札幌に戻り、かつての教え子たちが多数所属するトップチームを率いることになった。

「GMの三上(大勝)さんからオファーをいただいたのが昨年の11月。その時に『これからは若いチームでやっていくから』と言われましたね。(トップチームを初めて率いることについては)あまり悩まなかったです。『リスクが大きいからやめとけ』とか『若手が育つまで待った方がいい』とかアドバイスする人もいましたけれど、このタイミングを大事にしたかったし、札幌愛みたいなものもありましたから(笑)」

 日曜日の試合で2ゴールを挙げた荒野について質問してみる。すると「まあ、うれしい部分もありましたけれど(プロ初ゴールが)遅かったですよね。高校生の時から試合に出ていたわけだし」とそっけない。さらに、こう続ける。「実はその前の2試合、荒野は途中でベンチに下がっているんです。あの試合は、たまたま内村(圭宏)がけがをしていたから出番があって、スタメンをものにできた。ウチの場合、よそと違ってちょっと頑張ればチャンスがもらえる。若い選手ばかりだからね。逆にそこが心配なんですよ」。

 よくよく話を聞いてみると、財前監督はただ厳しいことを言っているわけではないことに気付かされる。むしろ長年にわたって北海道で育成現場を見てきただけに、この人の言葉から、道内出身の若い選手で固めたチームの課題もおぼろげながら見えてくる。

「(今季)勝ち切れない試合が多いんですが、それは経験値に問題があると思います。調子が良いときはいいんですが、どこかバタバタしてしまうところもある。相手がいるわけだから、自分がやりたいことができない時間もある。考え方が甘いんですよね、若さもあるんでしょうけど。(北海道と比べて)関東のユースでやってきた選手の方が、厳しい環境でやっていますから、そこのメンタリティーはやっぱり違いますね」

「巨大な島」であるがゆえのメリットとデメリット

自身も北海道出身の財前監督は、その問題点を鋭く指摘する 【宇都宮徹壱】

 ここであらためて、北海道という土地の特殊性について考えてみる必要があるだろう。前出のサポーターは、現在の札幌について“日本のビルバオ”という表現を使っていた。サッカーファンには言わずもがなであろうが、スペインのアスレティック・ビルバオは、基本的にバスク人およびその血統を受け継ぐ者のみにしか、選手としての門戸を開いていない。その一方で、優れた育成メソッドとスカウト網を持っていることでも知られている。

 もちろん、北海道はバスク地方のように大きな文化的差異があるわけではないし、道産子はバスク人のように民族的な孤高を貫いているわけでもない。ただし、地政学的な「閉鎖性」という意味では、北海道にある種の“バスク的なるもの”を私は感じるのである。日本サッカー協会の昨年の資料によれば、47都道府県の中で北海道の選手登録数は、東京都(8万9305人)、埼玉県(6万1415人)、千葉県(4万7271人)に次いで4番目の4万6938人を誇る。道内の人口が550万人であることを考えれば、他県と比べてかなりのサッカー人口を擁していると言って良いだろう。母集団が大きければ、それなりの数のタレントが出てくる可能性も高くなる。

 しかも北海道は、83,450平方キロの“巨大な島”である。オーストリアとほぼ同じ面積(83,860平方キロ)に、プロサッカークラブはコンサドーレ札幌ただひとつ。となると、北海道のサッカー少年たちは必然的に札幌を目指すようになる(財前監督によれば、最近は室蘭大谷よりも札幌のアカデミーを目指す子供のほうが多いそうだ)。しかも、関東や関西や九州のように、簡単に他県に流出することもない。こうした地理的な条件によって、札幌というクラブが、民族や文化といった大仰な理屈を抜きにして“ビルバオ化”する可能性は十分にあり得るのではないか――。もっとも、私の仮説に対する財前監督の反応は、あまりポジティブなものではなかった。道内の選手たちの可能性は認めつつも、競争できる環境が身近にないことに、指揮官は危機感を募らせている。

「こっちの子たちは、小さい時から(室内での)狭いスペースでやっているので、ボール扱いはうまいし、ボールタッチも柔らかい。ただ、さっきも言ったようにメンタル面では関東の子たちと比べて差はあります。その差を埋めるために『北海道だから、これくらいで良い』ではなく、全国を見越した感覚で教えてきましたし、道外での遠征も積極的に増やしました。去年の(Jリーグユース選手権大会での)優勝は、その成果だったと思います。ただ、やっぱりこっちは競争という面では(本土と比べて)まだまだですよね。ウチは良くも悪くもU−18で活躍すれば、わりとすぐにトップに上がれてしまうので」

<つづく。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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