忘れられない“NY夢一夜”の物語=ダル、岩隈、松井……それぞれの球宴
最高の演出、いざ最後の球宴マウンドへ
シティ・フィールドに陣取ったファンは次に何が起こるかを理解し、ほぼ総立ち。1999年から登場時に使用して来たこの曲は、MLBでは知らぬものはいないマリアーノ・リベラのテーマソングとなっていたのだ。
次の瞬間、背番号42を背負ったリベラがブルペンから飛び出し、球宴最後のマウンドに向かって小走りに駆けて行った。
7月16日に開催された2013年のMLBオールスターゲームは、アメリカン・リーグが3対0とリードして迎えた8回裏にクライマックスを迎えた。
リベラがマウンドに立つと、ア・リーグの全選手がダッグアウトの前に立ち、ナ・リーグの選手たちもベンチ内で立ち上がり、それぞれスタンディングオベーション。捕手以外は守備につかず、ほぼ無人のフィールドでリベラが投球練習を続けるという実に粋な演出だった。
「素晴らしい夜だった。表現できる言葉を持ち合わせていないよ。可能にしてくれたみんなに感謝したい。誰も守っていない中で投げるのは奇妙だったけど、同時に彼らがやってくれたこと(演出)に感謝したい」
不世出のクローザーにはできれば9回に投げて欲しかったが、8回の登板はリベラを確実にマウンドに立たせるために慎重を期したジム・リーランド監督の配慮だった。9回裏まで温存するつもりで臨み、8回に逆転されてそのイニングが訪れないという事態を避けたかったのである。
ダルも控えめ「ただ見てます」
「ただ見てます。凄いキャリアの選手なんで、他の選手たちも話したいでしょうし。最後の年に一緒にオールスターに出れたというのが嬉しいですね」
“リベラに話に行くのか”と日本メディアに質問された際、ダルビッシュ有が漏らしたそんな控えめな姿勢は適切だったのかもしれない。
リベラは実際に前日会見の際から大量のメディアに囲まれ続け、試合当日のロッカールームでも同じことを繰り返した。グラウンドでも両リーグの選手、関係者などから絶えず声をかけられ、まるで“ベースボール親善大使”とでも呼びたくなるほどの忙しさだった。
「これから先も忘れることはないだろう」
“引退ツアー”でイベントに参加し続ければ、肝心の試合に対する意識が疎かになりかねない。行く先々でリベラのことばかり聴かれれば、他の選手たちの集中力すらも削がれかねない。ただ……そんなセレモニーを行なうに値する選手がいるとすれば、それは史上最高の切り札リベラだったのだろう。
カット・ファーストボールというたった一種類の球種を操り、メジャーの並みいる強打者たちを15年に渡って支配して来た。MLB歴代最高の通算638セーブという驚異的な数字だけでなく、真摯な人柄でも球界全体から尊敬を集めてきた。
それほどリスペクトされて来た投手が、終盤に劇的な形でマウンドに立ったおかげで、淡々と進んでいた今年の球宴は誰にとっても思い出深いものになった。
「(8回の登場の場面では)ほとんど涙が出そうだったし、これから先も忘れることはないだろう」
試合後のリベラのそんな言葉は、その場に立ち会ったすべての選手、ファン、メディア、関係者の想いを代弁するかのようだった。
3対0のまま逃げ切ったア・リーグは、4年振りの勝利。MVPにはリベラが選ばれた。“夢の球宴”に相応しい、それはまるでハリウッド映画のような大団円のエンディングと言って良かったのだろう。