来年のW杯本大会に向けて思うこと=コンフェデ杯通信2013(6月30日)

宇都宮徹壱

圧勝の裏にあるブラジルらしい繊細さとひらめき

マラカナンで行われた閉幕セレモニーの様子。スタンドはほぼカナリヤ色に染め上がった 【宇都宮徹壱】

 コンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)、決勝の舞台となる「マラカナン」は、サッカー好きであればバルセロナのカンプノウと並んで、誰もが一度は訪れてみたいスタジアムであろう。来年のワールドカップ(W杯)決勝も、マラカナンで開催されることがすでに決まっており、3年後のリオ五輪でも開幕式と閉幕式で使用されるそうだ。かつては20万人という途方もないキャパシティーを誇ったマラカナンも、その後は安全性重視の観点から改修の際にスタンドの規模も縮小され、現在は約7万5000人収容で落ち着いている。それでもマラカナンの威容が削がれることは決してない。カナリヤ色に埋め尽くされたスタンドを見たとき、久々に童心に戻ったような高揚感を覚えた。

 大会3連覇を目指すブラジル、そして南アフリカW杯とユーロ(欧州選手権)に続く3冠に挑むスペイン。この夢のファイナルは周知のとおり3−0でブラジルの圧勝に終わった。前回のコラムにも書いたように、スペインはブラジルよりも1日休養が少ない上に長距離移動を強いられ、コンディションの悪さがそのままプレーに出てしまっていた。前線ではパスの呼吸が合わず、守備では対応が後手に回ってファウルを重ねる(前半だけでセルヒオ・ラモスとアルベロアにイエローが1枚ずつ提示された)。どんなに素晴らしい才能や技術や戦術があっても、そこにコンディションが伴っていなければまったく効力を発揮できない。この日のスペインのプレーは、そうした基本中の基本を如実に示していたように思う。

 とはいえ彼らの不調だけでは、3−0という圧倒的なスコアにはならなかっただろう。ブラジルはフィールドプレーヤー全員が、積極的かつ勤勉なプレスをかけ続けることでスペインのパスワークを寸断し、ボールを奪ったら迅速に前線に運ぶ戦術を徹底させていた。その一方で、ブラジルならではの繊細さとひらめきも随所に披露。その最たる例が、前半44分の2点目である。ネイマールからパスを受けたオスカルが、相手最終ラインとネイマールの微妙な位置関係を見計らい、一瞬だけタメを作ってから確信をもってネイマールにラストパス。受けたネイマールも、迷うことなく飛び出して左足を振り抜いてゴールネットを揺さぶった。オフサイドラインぎりぎりの微細な駆け引きと、緩から急への猛烈なギアのかかり方に、彼らの真骨頂を見る思いがした(もちろんフレッジの2ゴールもまた、素晴らしかったが)。

 対するスペインも、決してチャンスがなかったわけではなかった。それでも、前半40分のペドロの決定的なシュートはダビド・ルイスの間一髪のスライディングに阻まれ、後半10分のPKのチャンスはセルヒオ・ラモスが痛恨の失敗。さらに後半23分、ピケがネイマールを倒してしまい一発退場となると、もはや万事休すである。かくして、無敵と思われていたスペインを倒したブラジルは、大会史上初となる3連覇を達成。大会MVPには、いずれも印象的な4ゴールを挙げたネイマールが選出された。

それぞれにとってのコンフェデ杯

ブラジルの3ゴールに熱狂する地元サポーター。来年はさらに強いセレソンが見られるか? 【宇都宮徹壱】

 試合後、メディアバスに乗ってマラカナンからコパカバーナに戻る。ブラジルがスペインに勝ったのだから、街中は大騒ぎになっているのかと思ったら、あに図らんや、街はいたって平穏である。もちろん局地的に騒いでる人たちはいたが、クラクションを鳴らし続ける車もなく、試合を観戦したと思しきレプリカを着た人々も静かに家路に就いている。さすがはW杯最多5回の優勝を誇るブラジル。いくらスペインに勝ったからといっても、しょせんはコンフェデ杯での話である。本当に喜びを爆発させるのは、来年のW杯本大会と心に決めているのであろう。

 ホスト国・ブラジルにとって、今大会の結果は非常に満足できるものであった。と同時に、極めて意義深いと言えるのではないか。大会前はメディアや世論の厳しい批判にさらされ、相当なプレッシャーの中で日本との初戦に臨まなければならなかったブラジル。それでも終わってみれば全勝優勝。しかも決勝でスペインを倒しての優勝だから、ルイス・フェリペ・スコラーリ監督は残り1年を雑音に悩まされることなく、思うがままにW杯本大会に向けた準備ができることだろう。来年、このチームがどれだけ完成度を高めてくるのか、非常に楽しみである(とはいえ、またグループリーグで同組になるのは御免被りたいが)。

 運営サイドにとっても、今大会はまずまずの成功だったと言えよう。スタジアムの完成が遅れ気味であったり、反政府デモの影響で会場周辺が騒然となったり、何かとハラハラすることが多い大会であったが、大会組織員会もFIFA(国際サッカー連盟)も無事に乗り切ることができて、胸をなでおろしていることだろう。スタジアム外では、開催都市によって治安の悪さが懸念されていたが、海外でのリスクヘッジの段階を少しだけ高めに設定しておけば、十分に対応可能であることが実感できた。むしろブラジルの人々の笑顔とホスピタリティーには、何度癒されたことか。なかなか言葉が通じないことを差し引いても、本当に居心地の良い国であると心底から思った。来年再訪するときは、もう少しポルトガル語の語彙(ごい)を増やしておこうと密かに決意した次第である。

 最後に、われらが日本代表について。3戦全敗という結果そのものは、今はそれほど深刻に考える必要はないと思う。好成績を求めるべきは、今大会ではなく来年のW杯本大会である。そのための課題が明らかになったのだから、今後議論すべきは「この1年でいかに目標との差を埋めていくか」、この一点に尽きる。もちろん、指揮官であるアルベルト・ザッケローニ自身にも、世界と戦う上での物足りなさを感じる部分はある。ただし、人はいくつになっても成長してゆく生き物だ。生き馬の目を抜く、プロフットボールの世界であればなおさらであろう。この決勝をスタンドで観戦したであろうザッケローニ監督が、そこから何を学び取り、そして今後のチームマネジメントにどう反映させていくのか、そこに私は注目していきたい。その答えが出るのは、来年のちょうどいまごろだ。

 当連載は今回をもって了とします。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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