クルム伊達が魅せたテニスの“スリル”――女王に敗れるも得た手応え

内田暁

試合後に得た感触「ハードコートでまた対戦を」

試合後、残念そうな表情を浮かべるクルム伊達(右)。セリーナは肩にそっと手を置いた 【写真:AP/アフロ】

 結果としてこれが、クルム伊達がこの日のセリーナから奪った最後のゲームである。
 数字だけで判断するなら、試合時間1時間1分、2−6、0−6の敗戦を言い表す言葉は「完敗」かもしれない。
 だが、試合を終え会見室に現れたクルム伊達の表情は決して、手も足も出ない完敗を喫した選手のそれではなかった。
「想像していた以上に、ラリーに持ち込めば自分のテニスができた。ストローク戦に持ち込めば、自分のリズムと支配の中でできた時もあった」
 ある種の充実感を含むそれらの言葉の後に、クルム伊達はこうも続ける。

「なので、ハードコートで、また対戦してみたい」

 芝より球足が遅くなるハードなら「もう少し、自分のリズムでプレーできるのでは」という感触がある。
「特に根拠があるわけではない。直感ですよ」
 クルム伊達はそう笑ったが、直感とは、戦いを終えたばかりの身体が五感に訴えかける、アスリートならではのリアルで確かなロジックだ。

 近い将来の両者の再戦を望んでいるのは、もしかしたらセリーナも同じかもしれない。クルム伊達と3度の対戦経験のある姉・ビーナスからアドバイスをもらったというセリーナは、それらアドバイスの一例を教えて欲しいというこちらの願いを、ニヤリと笑って拒絶した。
「ダメよ。教えられないわ。だって、キミコとはまた対戦するかもしれないじゃない」

 ウィンブルドンのセンターコートが“聖地”と呼ばれる所以(ゆえん)は、そこに、人々をテニスに引き込む魔力があるからなのだろう。長き歴史に裏打ちされたその力に掛かれば、「対戦したくない」と言い続けていた最強の女王も、再戦を望む相手となる。「昔から、一番活躍したい大会だった」というウィンブルドンで得た2つの勝利と喫した1つの敗戦は、少女時代に抱いた情熱を、再び激しく揺り起こしたようだ。
 伝統を重んじ、勝者の系譜を重んじる艶やかな芝の息吹を追い風に、クルム伊達のチャレンジは加速する。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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