五輪候補スカッシュの現在と見据える未来

吉藤宗弘

スカッシュだけで生活できるのは世界トップ20人

世界ランク2位グレゴリー・ゴルチエ(右)の年収は推定で2000〜3000万円 【フランス スカッシュ連盟】

 世界のトップ選手に話を聞くと、「スカッシュだけで生活できるのは世界ランキング上位20人だけ」という言葉をよく耳にする。世界のプロスカッシュ選手の収入は、主に「獲得賞金」「スポンサー収入」「ナショナル協会からの補助金」「エキシビションマッチ出場料」「コーチング収入」によってまかなわれる。2013年6月現在、世界ランキング2位のグレゴリー・ゴルチエ(フランス)は、収入の内訳を「獲得賞金35%:スポンサー40%:フランス協会からの補助金5%:コーチングやエキシビションマッチ:15%:そのほか5%」と具体的に明かしてくれた。フランス協会からの補助金が年間約100〜150万円というから、年収は推定で2000〜3000万円ということになる。
 またこの1年間負けなしで、目下世界一のプレーヤーとして絶大な人気を誇るラミー・アシュア(エジプト)は、この1年のワールドツアー獲得賞金が推定2400万円。スポンサー収入に関する情報は得られなかったが、ここに賞金と同程度の金額が加わると推定される。本人は「サッカーやテニスには遠く及ばないが、生活するには十分な金額」と語っており、現在の男子世界最高給選手と考えていいだろう。

 一方で、協会からの補助金が多いのが、現在世界ランキング23位に位置するアジアのトップ選手オン・ベン・ヒー(マレーシア)。マレーシア協会からの補助金が年間約5〜600万円と高額で、ここに獲得賞金約3〜400万円、スポンサー収入約200万円、コーチング収入50〜150万円が加わり、年収は約1050〜1350万円と推定される。現在世界ランキング19位のミゲル・アンヘル・ロドリゲス(コロンビア)は、獲得賞金が約700万円で、ここにスポンサー収入、さらにコロンビア協会と、故郷の街の両方からの補助金が加わる。補助金は「スケジュールを提出して認可をもらうシステムで、必要経費のみ認められる方式だ」と明かしてくれた。

 以上は、スカッシュだけで生活できる世界トップ選手の例。それ以外の選手は、常に金銭的な悩みを抱えながら活動を行うことになる。そこで、上記のような収入源のほかに、世界的に意外と多いのが「親の援助」。例えばメキシコでは裕福な家庭がスカッシュをプレーする傾向があり、トップ選手は親からの援助で活動するケースが多いという。
 ちなみに日本では、協会から選手への補助金は支給されていない。日本のトップ選手である机伸之介、福井裕太らは、主にコーチングやスカッシュ仲間のカンパなどで資金をためて、世界ツアーPSAに参戦している。日本でも、家庭が裕福な場合は親の援助で活動するケースもあるが、そう多くはない。

米国で起こるもう一つの流れ

開催国フランスの人気選手、ティエリー・リンクー(左)とグレゴリー・ゴルチエ。取材中も常にサインを求められていた 【フランス スカッシュ連盟】

 五輪に続いて、もう一つスカッシュ界を変える要素になりそうなのが、米国の存在だ。現在、米国ではカレッジスポーツとしてスカッシュが注目され始めている。ハーバードなど名門大学が優秀な選手を獲得するため、世界のトップクラスのジュニア選手を勧誘し、推薦入学をオファーする。選手生活だけでは採算が取れないと感じるジュニア選手は、米国の一流大学に入学できるチャンスを目指し、より競技に励む。ここ数年は勉強をあきらめ、早くからスカッシュでの入学を目指す家庭も現れ、元世界王者のデビッド・パーマー(オーストラリア)やティエリー・リンクー(フランス)は、米国の裕福な家庭に高額の報酬で「スカッシュの家庭教師」として招かれるまでに至った。そのうちに、こうした著名な王者の下に世界各国の選手が指導を求めて集まるようになり、さほど強豪国ではない米国が、今や世界有数のトレーニング場所となっている。現在、2年契約でボストンに在住するリンクーは、「契約終了後も地元の大学にコーチとして残る可能性がある」と語る。今や米国は元選手の就職先としても機能し始め、優秀な人材がどんどん集まる流れが生まれている。今回、日本代表として世界選手権に参加した2012年日本王者の小林僚生は、9月からロチェスター大学への進学が決定。同じく日本代表で、世界ジュニアランキング7位に入る遠藤共峻も、来年の入試に向けて準備を行っている。

 もし2020年の五輪種目に選ばれれば、スカッシュ界の経済事情はすぐに改善されるだろう。しかし、もしダメでもまた4年後がある。そのうちに五輪種目に選ばれる番が来るはずだ。そして同時進行で、米国がスカッシュの足場固めを行っている。日本ではコート減少の流れが続くスカッシュだが、未来は決して暗くない。

<了>

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著者プロフィール

1973年石川県生まれ。東京外国語大学卒。ライター、翻訳家としてNBA、MLBなど海外スポーツを中心に執筆。自身のトレーニング経験を生かして作成に参加した「基礎から学ぶスポーツトレーニング理論」(日本文芸社)が発売中。スウェーデンのスポーツブランド「サルミング」の日本法人代表も務める。

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