ピッチに再臨する久保が求めた相棒の存在=最高の姿は個人ではなくコンビで

中野和也

空前絶後のコンビを確立した広島時代

01年、久保は大木とのコンビで広島時代最多となる15得点をあげた 【写真:築田純/アフロスポーツ】

 そして久保は、「大木勉」の名前を出した。彼にとって唯一無二、絶対的な尊敬の対象にある先輩である。
「(大木)ベンさんとなら、自分のトップフォームでのプレーはできなくても、コンビプレーを見せることができるかもしれない」
 圧倒的な足下の技術と判断の正確さ。溢れ出るアイデアの数々とサッカーの知性。95年、ワールドユース(現U−20ワールドカップ)の日本代表に中田英寿や故松田直樹らと共に選ばれ、エースストライカーとしてチリ戦では得点も記録したのが大木という男だ。常に悩まされ続けたけがさえなければ、プロでももっと大きな花を咲かせたはずである。

 久保は広島のエースに君臨した時も「ベンさんの技術や(判断の)スピードに追いつきたい」と常にリスペクトを欠かさなかった。01年、広島と半年契約を結んでいた大木が契約延長をかけて臨んだヤマザキナビスコカップ・FC東京戦では、彼の延長Vゴールを見事なスルーパスで久保がお膳立て。その後、18試合で8得点と大木がブレイクを果たした時も「ベンさんなら当然」と言い放ち、「俺もようやく、ベンさんの判断についていけるようになった」と笑顔を見せた。

 その時の二人のコンビネーションは、まさに空前絶後と言っていい。スルー・スルー・落としてスルー。変幻自在の二人の動きは、チームメイトですら予測不能。「目を見ればわかる」というレベルではなく、「目を見なくてもわかる」。二人の卓越したフットボーラーのみが理解できる世界が、ピッチで縦横無尽に展開された。大木というパートナーを得た久保は、その年15得点と広島時代自己最多を記録。コンビが熟成の極みに達したシーズン最後の対鹿島アントラーズ戦では二人とも2得点ずつを記録し、その年の優勝チームを完膚なきまでに粉砕した。

問題は選手としての体作り

 昨年、惜しまれながらも愛媛FCで引退を発表した大木勉は、当初、オファーを断る気持ちもあったという。サッカーはやりたい。だが、自分の体もまた、全盛期とは違うこともわかっていた。しかし、盟友・久保と再び一緒にできるのなら。「一人のサッカー選手として、タツとコンビを組みたい」。その想いに、大木はあらがうことはできなかった。

 尊敬する先輩の決断を聞いて、久保も心を決めた。だが、ほぼ1年間、選手としてのトレーニングをやっていない体は、ただ走っただけで息が切れ、酸欠状態を起こすほど。サッカー選手としてピッチの上でダッシュを繰り返すには、まだまだほど遠い状態である。今年のはじめから現役復帰を視野に入れ、トレーニングを繰り返してきた桑原や、昨年までプロとしてJ2でプレーしていた大木とは、スタート時点が違う。会見では「開幕戦(5月12日)でピッチに立ちたい」と語った久保だったが、その後に話を聞くと「難しい。体を戻すまでには、かなりの時間が必要だと思う」と本音を語った。堀監督も「他の二人はともかく、タツについては……」と言葉を濁した。

 だが、やると決めたからには、久保はやる男である。晩年、体がボロボロになりながらも必ず良くなることを信じて、広島の練習場がある安芸高田市の街を一人黙々と走っていた姿を見た者からすれば、彼の決意が並々ならぬことに疑いはない。まして今度は、自分が教えてきた子どもたちが見ている。その子どもたちの前で、久保はきっと、サッカー選手としての生き様を見せつけてくれるはずだ。彼の言う「バシッとしたシュート」や「美しい大木とのコンビプレー」だけでなく、苦しくても厳しくても、自分のやるべきことに向けてもがき、泥にまみれても戦う男の美しさを、彼はきっと子供たちに見せてくれるはずだ。

「スクールのコーチはどうするの?」と久保に問うと、彼の笑顔がはじけ「続けます。やらせてもらいます」と答えた。

 その言葉で、確信した。久保竜彦は、自分の想いだけで復帰したのではない。子供たちのために、自分が何を見せられるか。それを証明するために、彼は再びピッチに立つことを決めたのである。

<了>

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著者プロフィール

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルートで各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。近著に『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』(ソル・メディア)

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