長崎が夢の扉を開いた歴史的な1日=J2漫遊記2013 V・ファーレン長崎

宇都宮徹壱

V・ファーレン一色となった諫早駅周辺

記念すべき3月10日。試合会場の最寄駅である諫早駅では、JR職員もユニフォーム姿で気合いが入った様子 【宇都宮徹壱】

 J2クラブとそのホームタウンを訪ね歩きながら、J2というカテゴリーの「現在」に光を当てることを目的に、昨年からスタートしたJ2漫遊記。おかげさまで今年も連載が続くことになったので「J2漫遊記2013」として新たなスタートを切ることにしたい。今季最初に訪れたのは、日本本土の西の端・長崎。この地を本拠とするV・ファーレン長崎が、J2に昇格して最初に迎えるホームゲーム、3月10日のガンバ大阪戦を取材することにした。長崎といえば、私が初めてこのクラブを取材したのが、将来のJリーグ入りを表明して九州リーグからスタートした05年のこと。それから8年もの歳月をかけて、ようやく彼らは夢の扉の前にたどり着くこととなった。

 試合が行われるのは、長崎県立総合運動公園陸上競技場(地元の人たちから「県総」とも呼ばれている)。来年長崎県で開催される、国民体育大会および全国障害者スポーツ大会のメーン会場となるべく大規模な改修が行われ、今年の3月2日にオープンしたばかりの真新しいスタジアムだ。J2になって初めてのホームゲームを、オープンしたばかりのスタジアムで開催し、しかも相手は現役日本代表を2人も擁するG大阪となれば、チケットが飛ぶように売れるのも当然のこと。およそ2万枚のチケットは、発売からほどなくしてソールドアウトとなった。

 スタジアムの最寄り駅であるJR諫早駅の街並みも一変した。私が最後にここを訪れたのは08年のことだが、今ではすっかりV・ファーレン一色。駅前の通りにはのぼりが林立し、駅の改札には巨大なエンブレムとマスコットのヴィヴィくんが描かれ、構内には選手の全身像がラッピングされた列車が発着し、そして駅員はチームのユニホームを着てせわしなく働いている。大げさではなく、街全体が青とオレンジのチームカラーに染め上げられている印象だ。街にJクラブができるというのは、こういうことなのかと、今さらながらに実感する。

 諫早は長崎県で3番目に人口が多い街だ。しかしながら、観光都市で有名な長崎市、造船の街として知られる佐世保市に比べると、どこか地味な印象が拭えない。私も長崎を取材するときは、決まって諫早を拠点としているのだが、ホテルの数も飲食店のバリエーションも限られているし、駅前にはコンビニすらない。それでも、この街でJリーグの試合が開催されることで、それなりに経済的な恩恵が期待できそうだ。そんなことを考えながら、シャトルバスに乗って会場へと向かう。

1万8153人の観客が詰めかけたスタジアム

会場の長崎県立総合運動公園陸上競技場は、キックオフ2時間前から長蛇の列。この日は1万8000人が詰めかけた 【宇都宮徹壱】

 キックオフ2時間前に会場に到着。長い行列の向こう側に屋根付きの新スタジアムが見える。旧県総を知るものとしては、実に感慨深い。あとで触れることになるが、スタジアムの改修は、クラブがJ2に昇格するための絶対条件であり、悲願であった。それだけに、新スタジアムの門をくぐるとき、関係者の誰もが感無量となったことだろう――と思っていたら、実はそうではなかったようだ。V・ファーレン長崎の社長、宮田伴之は語る。

「とにかく直前まで準備に追われて、感慨も何もなかったですね。特に心配だったのが、会場周辺の交通渋滞。駐車場のキャパシティーは限られていますし、あそこで2万人も入るようなイベントなんて開催されたこともない。ですから、早い段階で諫早署の協力も取り付けましたし、長崎駅の裏に1000台入る駐車場を無料開放してもらって、そこからもシャトルバスを出してもらえるように手はずを整えました。(この1カ月)ウチのスタッフは、満足に休む時間がなかったですね。試合前日も、ほとんど徹夜だったと思います」

 05年のクラブ立ち上げ以来、ずっと運営に携わってきた運営事業部・運営グループ部長の溝口透馬も、この8年間の感傷に浸る余裕などまったくなかったという。

「僕は基本的に(スタジアム内の)管理事務所に詰めていて、監視モニターで状況をチェックしたり、場合によっては出向いて対応にあたっていました。ガンバのサポーターが横断幕を張る際には、僕から説明させていただきました。本当は警備員が対応すべきでしょうが、彼らも勝手が分からない状態でしたから。それと当日は念のため、仮設トイレを設置したのですが、これは正解でしたね。ただ、トイレットペーパーが足りなくなったりして、慌てて補充したりしましたが。試合ですか? ほとんど見ていません(苦笑)」

 実は諫早でJリーグが開催されるのは、これが初めてではない。今はなき横浜フリューゲルスが93年から95年にかけて、鹿児島、熊本、長崎の九州3県も「特別活動地域」として「ホームゲーム」を行っているからだ。だが、純粋に長崎で誕生したJクラブが、ホームゲームを開催するとなると、これは紛れもなく初めてのケース。公式入場者数は1万8153人。この歴史的瞬間に立ち会おうと、スタンドは一部の 緩衝地帯を除いてすべて埋まった。長崎のサッカー史に新たな1ページを加えるキックオフのホイッスルは、定刻通り13時03分に鳴り響いた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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