錦織圭が戦う、ツアーの過酷な現状とは?

内田暁

厳しいスケジュールを組むワケは?

全米室内選手権でツアー3度目の優勝を飾った錦織 【Photo:CameraSport/アフロ】

 ではなぜテニス選手は、ここまで過酷なスケジュールをこなさなくてはならないのか? もし錦織が体力に不安があるというなら、もっと出場大会数を減らせば良いではないか? そう考えたくなるところだが、そうは問屋がおろさない。選手たち、特に一部の“トップ選手”たちは、ATPから、特定の大会への出場を義務付けられているからである。
 テニスの大会は、世界各地で年間70ほど開催されているが、それらの大会は“グランドスラム”と呼ばれる全豪、全仏、全英、全米の4大会を頂点として、ピラミッド状にランク付けされている。グランドスラムに次ぐのが“マスターズ1000”と呼ばれる大会であり、これが年間9大会。それに続くのが“ツアー500”で、こちらは11大会。ちなみに、錦織が先週優勝した全米室内選手権や、昨年10月に制した楽天ジャパンオープンも、このカテゴリーに属する。さらにその下に“ツアー250”が40大会あり、錦織が初優勝したデルレイビーチ国際選手権がこのランクである。
 これらの中からどの大会に出場するかを、選手たちは大会のレベルや自分の実力、さらには移動距離や環境の変化も考えながら決めていくのだが、先述したように、錦織のようなトップ選手にはスケジュールの自由度はほとんど無いのである。
 まず、ATPによる出場義務が発生するのは、前年に世界ランキング30位以内に入った選手たちである。錦織もこの中に含まれるわけだが、彼らはケガなどのやむを得ない事情が無い限り、以下の大会は必ず出場しなくてはならない。

・グランドスラム4大会
・マスターズ8大会(マスターズの中でモンテカルロ大会だけは、例外的に出場義務の対象外)
・ツアー500の中から4大会

 つまり錦織は、年間12大会は自動的に出場が義務付けられ、それ以外にも4大会は、決められた11の大会から選ばなくてはいけないのだ。多少は体が痛くても、あるいは技術面の練習や体力向上のためのトレーニングをしたくても、試合に出ざるを得ないという状況に陥ることも多いだろう。

プロ転向5年間で学んだ知恵

 もっとも、これらの自由度の低さは「先々のスケジュールが見やすい」という利点も伴っている。今の錦織に求められるのは、この見通しの効くスケジュールを利用し、いかにグランドスラムなどの重要な大会にピークを合わせるかだろう。実際に錦織はこれまでにも、「2週間大会に出て、1週間休むというリズムを作りたい」「グランドスラムの前の週は大会には出ず、調整に充てるのが理想」と、出場大会の選択に関しいくつかのビジョンを示してきた。さらに今シーズンは、スタッフ構成にも変化をつけている。昨年まではトレーニングに重点を置いたトレーナーを帯同させたが、今年はケアに主眼を置いたスタッフを選び、代わりにトレーニングに関しては理学療法士のロバート・オオハシを、要所要所で招く予定である。これらもツアーを5年間本格的に回ってきた中で得た知恵だろう。

 テニス選手の体調管理やスケジュールを組む難しさは、何も今に始まったことではないし、錦織ひとりに限ったことでもない。だが選手個々のフィジカルや、テニスのビジネス的側面が年々肥大していく中、錦織は環境や自身の立ち位置の変化に適応しながら日々戦ってきたし、これからもそうしなくてはならないのだ。しかも、毎週変動するランキングと時計の針に追われる彼らには、戸惑いに襲われても、足を止めるヒマなどない。
 すべては、旅の中で学んでいくしかないのである。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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