錦織圭が戦う、ツアーの過酷な現状とは?

内田暁

錦織、優勝の翌週は途中棄権に

優勝の翌週、初戦で途中棄権した錦織。厳しいスケジュールのなかで、選手たちは戦いの“旅”を続ける 【Photo:CameraSport/アフロ】

 男子プロテニス協会(ATP)主催大会の総称を、“ツアー”とはよく言ったものだとつくづく思う。「ツアー」は直訳すれば、「旅」。その言葉にふさわしく、テニス選手たちは文字通り1年間の大半を旅して過ごしている。旅こそが彼らの日常であり、試合の翌日には地球の裏側に移動することも珍しくない。彼らの多くは恐らく、年間で2〜3週間分に相当する睡眠時間を機内で取っているのではないだろうか? 勝っても敗れても、その余韻を長く引くことは許されず、次なる戦地へと足を向ける……。
 先週ツアー3勝目を挙げ、日本テニス界の歴史を次々と書き換える錦織圭(日清食品)も、そのように旅に生きる者の一人だ。

 アメリカ・メンフィスで行われた全米室内選手権(2月17日〜24日)を制した錦織は、その翌週、フロリダのデルレイビーチ国際選手権1回戦で、左脇腹を痛め棄権した。優勝の勢いを生かしたかっただけにこの結果は残念であり、またこれまでにも錦織はケガに泣いてきた過去があるだけに、一部からは「錦織は体が弱い」という声も聞こえてきそうである。
 だが、想像してみてほしい。錦織はつい先週、5日間連続で世界のトップ選手たちと戦い、その翌日にメンフィスからデルレイビーチまで約1万5千キロを移動してきたばかりなのだ。しかも、寒いメンフィスから高温多湿のフロリダと、気候や環境も大きく変わる。メンフィスで優勝した後の会見で、体調面について聞かれた錦織は「5試合も連続でプレーすれば、体中に筋肉痛や張りはある」と苦笑したが、実際には、棄権の原因となった脇腹は既にメンフィスの時点で痛めていたという。選手の大型化が進む昨今のテニス界において、178センチ、68キロの小柄な肉体で世界の強豪と戦う負荷が相当に大きいのは、想像に難くない。

プロトレーナーも絶句「お手上げ」

 もちろん、強靭(きょうじん)な肉体が求められるのは全ての競技に共通したことではあるが、多くの競技の中でも特にテニスが過酷であることを示す、とあるトレーナーの言葉を耳にしたことがある。そのトレーナーは、野球やバスケットボールなど複数の競技で日本のトップアスリートたちを見た後に、テニス選手の担当になった。だが経験豊富なはずの彼が、テニス選手のあまりの肉体酷使に「お手上げだ」と絶句したのだ。
「(硬質な)ハードコートであんなに小まめに動きを変えると、肉体へのダメージが半端ではない。それをたった一人で数時間やる上に、毎日のように試合がある。こんな競技は他に見たことがない」
 それが、トレーナー氏の率直な所感である。テニスの1つの大会期間は、通常1週間から2週間。多くの選手は年間20〜25大会に出場するので、1年のうち30週ほどは“大会中”という環境にいることになる。しかもそれらの大会の開催地は、北はモスクワから南はメルボルンまでと、まさに世界の端から端に及ぶのだ。確かに、このような競技は他になかなか例がないだろう。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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