武田幸三のキック人生、長渕剛が命を吹き込む=独占インタビュー
父の教え“プロはお客さんを湧かせてナンボだ”
父の教えを胸に、ファンを沸かせる試合を常に心がけていた 【t.SAKUMA】
DVDのタイトルも剛さんに決めていただいたんですけど、馬鹿ですよね(笑)。本当にキック馬鹿です。映像を見ると右のパンチしか狙っていないんですよ。相手のどんな技にも全部右を合わせようとしてて“この選手はこれしかないんだな”と思います(笑)。
――その一本気なところが「キックボクサー武田幸三」の真骨頂でしたね。
最初はそれが売りだったんですけど、途中から本当にそれしか出来なくて(苦笑)。でも、その時に親父が“そういう選手が一人ぐらいいてもいいじゃないか”と言ってくれて、右一本で行く覚悟が決まりました。
――お父さんの言葉が大きな指針になっていたんですね。
そうですね。デビューした頃から“プロはお客さんを湧かせてナンボだ”とずっと言われていました。新人の頃に判定勝ちで大喜びしていたら、親父に“やめちまえ! そんなんじゃダメだ!”と言われて、その時は『何を言っているんだろう?』と思いましたけど、プロで戦っていくうちに『親父は全て分かって言っていたんだ』と分かりました。先生(長江館長)からも同じことを言われましたから。
たとえ負けても、前のめりに倒れると先生は“よくやった!”と言ってくれるんです。でも、ヌルい試合で判定勝ちをするとぶっ飛ばされます。“このヤロウ! てめえはプロフェッショナルじゃねえんだ! 試合をやる意味がねえ”と。
――勝ち負けという結果ではないんですね。
はい。“リングに『次』はねえんだよ!”とよく言われました。僕ではないですけど、リングを降りてその場で先生にぶっ飛ばされた選手もいますからね(笑)。僕はさすがにリング下はなかったですけど、控室に戻ってから引っぱたかれました。“あんな試合じゃお客さんに失礼だ!”と。
――DVDを見ると、武田さんもデビューしてしばらくして金髪にしてみたり、まだ子供の顔なんですね。それがどんどん男の顔、「武田幸三の顔」になっていく。
本当ですか? そうですね、デビューした頃はまだ二十代前半で、最後は36、37歳ですからね。15年やりましたから。
――元ムエタイ王者のパヤックレックに敗れてプロで初めて挫折して、その後から顔つきも雰囲気も変わりましたね。
あの試合で『こういうヤツらと戦っていくんだ』と覚悟が出来ました。あの時は追い込まれましたから(苦笑)。あれから1年ぐらい苦しい時期で、お客さんが離れてチケットが全然売れなくなってしまって、協会では『武田はもうダメだ』と言われてましたし、先生からは『もう辞めていい。お前は使えない』と言われたんです。あんな試合では商品価値はない、と。
「剛さんもラジャもいっしょ、スイッチを入れないと負けてしまう」
右のパンチ一本、その“馬鹿”正直な戦いも武田(右)らしい 【t.SAKUMA】
ラジャナンスタジアムには、あのリングに上がったことのある人にしか分からない独特の空気と、闘鶏場のような血なまぐさい『賭場の匂い』があるんです。全くの“ショー”ではない、何か変な生き物が蠢いているんでしょうね。どす黒いオーラがあります。
ラジャは、今、剛さんの前に立つ時と同じで、自分のスイッチをしっかりと入れていかないと会場の中にも入っていけないんですよ。『武田幸三』のスイッチを入れて、戦いにいかないと負けてしまう場所ですね。
――後楽園ホールにも独特の空気がありますけど、ムエタイのリングはまったくの別世界ですね。
試合を楽しみに来てる人はいませんからね。ギャンブルの場に勝ちに来てる人たちですから。試合を見て盛り上がるのはリングサイドに座ってる外国人観光客で、その後ろでは生活のために金を賭けてますから。
ラジャでは、選手は誰であろうと特別扱いはされないです。選手は控室もみんな一緒で、グローブを渡されて『はい、どうぞ』(笑)。あの経験をするとどこに行っても全然動じなくなるんです。K−1に行った時は『神様扱いだな』と思いましたよ(笑)。バンテージは用意されてるわ、バナナはあるわ、水も軽食もすべて用意されていて、至れり尽くせりです。
タイでは隣に対戦相手がいますからね。『あれ? お前、今日の相手だよな?』という。でも闘争本能がないわけじゃなくて、隠しているんです。スイッチのオンオフが出来るから普段は穏やかですよ。
――そういう極限の場で武田さんが経験した戦いの匂いも、DVDから伝わってくるんですよ。長渕さんはその場にいたわけでもないのになぜそこまで知っているんでしょう?
分からないです。なんで分かるんでしょうねえ……。剛さん、映像を編集しながら僕にメールで言葉にしてくれるんですよ。『お前は命を懸けているんだね』とか。
長渕さんからもらった『報われる』という言葉の意味
長渕さんがDVDを監修するにあたって、武田に送った「報われる」の意味とは 【t.SAKUMA】
その言葉も、僕の映像を見ていて剛さんが考えてくださったんです。僕も『報われる』という言葉については考えました。
僕がこの世界に入って、ムエタイを目指してベルトを獲って、次にK−1を目指して、チャンピオンにはなれなかったですけど、最後のクラウス戦が終わった時に全く後悔がなかったんです。最後の1秒まで自分のすべてを出し切ったな、と感じました。それは、目指したゴールではなかったですけど、自分自身に諦めないでやり切れば、その人にとっての何かしらのゴールが出てくるんだ、いろんなゴールがあるんだ、と。その時の僕の感情を剛さんが言葉にしてくださったんです。
――なるほど。武田さんのDVDを拝見して、挫折、KO負け、怪我など厳しい経験をしながらすべて後々の力になってる。つくづく人生には「無駄な経験」はないんだと感じました。
そうですね。失敗とか挫折とか、そのたびにクネクネとしますけど、諦めずに頑張ればそれも通過点になって、すべて自分の支えになりますね。
――一生懸命にやっていると、必ず誰かが見てくれている。
そうですね。自分が剛さんの力を借りて完成させたこのDVDを見て貰って、それがどう伝わるか。見た方に何かを感じて貰えたらいいですね。
剛さんの“このDVDを必要とする人が日本中にいっぱいいるはずだ”という言葉をいただいて、僕はこれをきっかけにして、映像を見ていただいて、話ができるような場所があれば喜んで行かせていただきたいと思っています。これまでも少年院に行かせていただいて、次に4月に行く予定ですけど、そういった活動もしていきたいと思っています。