吉田麻也、試合ごとに増すプレミアでの存在感=アジア人CBのパイオニアとして期待される役割

鈴木英寿

最も活躍しているアジア人選手は

スウォンジー戦では失点に絡んでしまった吉田(左)だが、試合ごとにプレミアでの存在感は増している 【Getty Images】

 2012−13シーズンのプレミアリーグにあって、開幕から現時点までの“最も活躍しているアジア人選手”は誰か。

 マンチェスター・ユナイテッドの香川真司は、本稿執筆時点ではけがで離脱中。期待されたトップ下での活躍も、ロビン・ファン・ペルシ(オランダ代表)、ウェイン・ルーニー(イングランド代表)の2トップ(ないしファン・ペルシの1トップにルーニーがシャドーで構える縦のFW関係)で固定されつつある現状では、けがから復帰したとしてもスタメン確保すら難しい状況に置かれている。

 では、香川の先駆者的存在ともいえるパク・チソンはどうだろうか。今季から移籍加入したクイーンズ・パーク・レンジャーズ(QPR)は最下位に沈んでいる。ここまでリーグ戦8試合、カップ戦2試合に出場しているものの、往時のダイナミックなパフォーマンスとインパクトは、鳴りをひそめている。

 個人的には、宮市亮も所属するウィガンのGKアリ・アル・ハブシ(オマーン代表)が、(あくまでも現時点での)“最も活躍しているアジア人選手”であると思う。ロベルト・マルティネス監督から絶大な信頼を寄せられているアル・ハブシは、リバプールのブレンダン・ロジャース監督が獲得に興味を示すほど、充実したシーズンを過ごしている。イングランドは、川口能活がかつて挑戦した舞台でもあるが、アル・ハブシはプレミアリーグにおける“アジア人GK”のパイオニアとして、己の道を切り開いている。

 アル・ハブシがGKのパイオニアだとすれば、“アジア人センターバック(CB)”のパイオニアとして期待されるのが、吉田麻也である。

 所属するサウサンプトンは11月10日にホームで行われたスウォンジー戦を引き分け、勝ち点1を分け合った。CBとしてフル出場を果たした吉田は、後半に自慢の正確なキックで先制点のおぜん立てに絡む。ところがGKの不用意なパスをコントロールできずに相手に奪われ、同点弾を許してしまう。ナイジェル・アドキンス監督は「若いGKのミス。この過ちから彼は学ばなければならない」と語り、失点の主犯がこの日ゴールマウスを守った20歳のアルゼンチン人GKパウロ・ガッサニガだったと指摘している。私の目から見ても、この失点を吉田の責任として追及するのは本人には酷なシーンだったと思う。

WBA戦後に語った収穫と課題

 このスウォンジー戦の前節、11月5日のウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(WBA)戦後に、吉田が個人とチームの収穫と課題を明かしている。今後、上位から中堅のクラブとの対戦で参考となるのが、このWBA戦だったと私は考える。

 WBAはスティーブ・クラーク監督のもとで高い組織力を誇る好チームである(2012年11月11日時点で勝ち点20の5位)。プレミアの多くのクラブがそうであるように、4−2−3−1と4−4−2を併用するが、スターティングは前者で挑んでいる。一方のセインツ(サウサンプトンの愛称)は4−4−2。より攻撃的な布陣でアウェーでの勝利を目指した。

 サイドバック(SB)の起用を経て、2試合連続でCBとしてスタメン起用された吉田は、右ウイングのピーター・オデムウィンギー(ナイジェリア代表)や守備的MFのユスフ・ムルンブ(DRコンゴ代表)といったアフリカ勢相手に一歩も引かずに対峙(たいじ)していた。だが前半に1点、後半にも1点を加えられ、終わってみれば0−2の完敗を喫している。

 アウエーで行われたこのナイトマッチで、吉田は好調を維持するホームチームの攻撃陣を相手に幾度となく防波堤となり、チャンスを未然に防ぎ続けていた。

 セインツ加入当初、吉田は「プレミアは個人の駆け引きが面白い」と語っていた。その持ち味の一つが、ビルドアップのスキルであり「アドキンス監督からはその技術も買われて」サウサンプトンにやって来た。とはいえ、このWBA戦ではより守備面に重点を置いていたという。

 本人はこの敗戦をどう受け止めているのか。

 試合後、WBAの広報スタッフの指示に従ってアウエー用の通路で待つ。ところで、WBA戦の前節の試合後に一部メディアが、吉田は「ノーコメント」と報じている。これに対して本人は「スポンサーへのあいさつがあり、取材陣へ姿を現したころには記者がいなかった」と説明してくれた。この夜も、待ち受ける記者陣は私一人。ロンドン方面から来たほかの記者の方々は、原稿の送信に追われたり、電車ですぐに帰らなければならなかったりと、吉田のコメントを待てない事情があったに違いない(マンチェスターから来た私はウェスト・ブロムウィッチに宿泊した)。選手側、記者側、それぞれの事情がある、ということだ。

 いずれにせよ、本人は敗戦後にも関わらず、真摯に取材に応じてくれた。

「2試合続けてCBで出場できるようになって、続けてこのポジションで試合に出られているので、落ちついてプレーできました。今日はパスというよりも、どれだけ守備面で耐えられるかというところに重点を置いてプレーしていました。守備面ではできたところもありますけど結局2失点しているので、そこが何とも……。自分が良い感触でやっていても、失点するときは失点してしまうというのが守備なので。何とも歯がゆい感じです」

 後半、セインツは4−4−2から4−2−3−1へとシステム変更。分厚い中盤を構成してサイドで起点を作り、ゴールを奪いに行っている。実際、立ち上がりは悪くなかった。だが、ゴールはあまりにも遠かった。ファイナルサードでの単調な攻撃はWBA守備陣の網にかかる一方となり、カウンターから失点してしまう。

「後半はいつも尻上がりに良くなっているので、良くなるだろうなとは思いましたし、そういう意味では前半をもっと耐えたかったというのもあります。後半、見事にカウンターにはまってしまったのは後ろ(ディフェンス陣)の責任だと思うし、リスクマネジメントをもっと徹底しなければならない。1点目もアンラッキーでしたけど、必然というか。守備が連動してできていないので、ちょっと対応が遅れて、相手がシュートを打つモーションに入った時にはスペースを与えました。あれだけフリーでシュートを打たれれば、失点してしまう可能性は高い。2失点目も攻めている時のリスクマネジメントをもっとやっておけば、改善の余地はあったと思う。ただ、全体的にすごく悪かったというわけではないと思います」

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著者プロフィール

1975年生まれ。仙台市出身。仙台一高、東京理科大学卒。『週刊サッカーダイジェスト』編集記者を経て、2005年に退社。2006年からFIFA.com日本語版編集長を務め、FIFAドイツ・ワールドカップ、FIFAクラブワールドカップの運営に携わる。2009年、ベガルタ仙台のマーケティングディレクターに就任。2010年末より当時経営難に陥っていた福島ユナイテッドFCのアドバイザーを務め、2011年2月から2012年7月までは同クラブ運営本部長として、経営難と東日本大震災という二度の難局を乗り切った。2012年8月よりFIFA.comに復帰し、9月より渡英。現在はプレミアリーグ、チャンピオンズリーグなどの現場を取材しながら『Number』や『ワールドサッカーダイジェスト』などに記事や翻訳を定期的に寄稿中。訳書に『プレミアリーグの戦術と戦略』(ベスト新書)。

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