吉田麻也、試合ごとに増すプレミアでの存在感=アジア人CBのパイオニアとして期待される役割
バカにされたらギャグで返す吉田流適応力
チームメートに指示を飛ばす吉田。リーダーとしての役割も期待されている 【Getty Images】
それでも、吉田自身のプレーは日増しにレベルアップしている。
デビュー戦となったアーセナル戦(2012年9月15日)で1−6の大敗を喫し、その後も黒星が多いゆえ、セインツの試合をフォローしていないファンからすれば「吉田は大丈夫か!?」との声もあるだろう。だが、個人レベルで見れば、短期間で着実にプレミアの水に慣れてきているのだ。
実際、本人は激しく体力を消耗するイングランドの空中戦や肉弾戦に関して「守備の面でも攻撃の面でも慣れてきたな、というのは感じている」と手ごたえを語っている。加えて、コミュニケーション面でも素早い適応力を披露。すでにチーム内でいち早く自分の立場を確保し、チームメイトとも良好な関係を構築している。
加入当初、吉田が語っていた言葉がある。
「日本人っぽい日本人が嫌なんですよ。ディスられている、バカにされているギャグなのに、ただ『ハハハ』と受け入れている。海外でそんなのを見ると、それってバカにされているよと突っ込みたくなる」
積極的に自分から話しかけ、バカにされたらギャグやボケで返して、笑いを取る。そこから対等なコミュニケーションの関係が生まれ、互いの信頼へと発展していく。イングランド南部の港町サウサンプトンでの日常は、そんな丁々発止にも似たやり取りの連続だ。
私生活での充実も、パフォーマンスに良い影響を与えているに違いない。
筆者が1か月ほど前にインタビューした場所は、吉田が定宿にしているサウサンプトン郊外のホテルだった。この時、「不動産屋とのやり取りも自分でやりますよ」と言って、取材前に携帯電話のメールをチェックしていた吉田は、契約内容の詳細をメールで確認し、追加書類の手配にも追われていた。結婚をブログで発表して間もない時期だったが、まだ奥さんは英国に来ておらず、ホテルでの単身赴任生活を余儀なくされていた。だが、現在はサウサンプトンの海辺にある風光明媚な場所に新居を構え、新天地での生活も軌道に乗ったようだ。
オランダ時代から磨いてきた英語力は、仕事をする上では完ぺきに近く、クラブ公式サイトのインタビューには英語で受け答えている。セインツの一員として、そして一人の大人として日々成長する姿が、そこにはある。
往年の名将も絶賛のリーダーシップで救世主となれるか
CBのビルドアップは、現代サッカーでは攻撃面での重要な戦術パートの一つである。プレミアではなおのこと、この技術が求められる。この点、吉田の正確なキックとボールを前に運ぶ技術は試合を追うごとに効力を発揮するだろう。
ただチームとしての課題は、ボールの受け手の不在(ボールをもらう動きの不足)と、攻撃面での連動性(アタッキングサードでの組織的な崩し)の欠如にある。
吉田は言う。
「攻撃面では、チームとして攻め方をもっと明確にしていかないといけない。アタッキングサードに入ってからのアイデアがちょっと貧しいかな、と思います」
攻撃面での課題が修正され、ボールポゼッションとより全体的なラインの押し上げが可能になった時、吉田のビルドアップ能力がさらに輝くはずである。
もとより、守備面では加入当初から識者の耳目を引いていた。拙訳『プレミアリーグの戦術と戦略』(ベスト新書)では、元サウサンプトン監督のローリー・マクメネミーの吉田評が紹介されている。マクメネミーは、1976年にセインツ唯一のタイトルであるFAカップをもたらし(しかも当時は2部だった)、80年代には最高位となる2位も記録。その後はイングランド代表コーチ、北アイルランド代表監督も歴任した名将である。本書からコメントを一部抜粋しよう。
「開幕前からサウサンプトンはリーダーを必要としていたが、吉田はその資質があるように映った」
「スピードへの対応力なしにCBの成功はありえない。吉田はこの点で、今後の可能性を感じさせた」
「早くもチームに溶け込んでいるようだし、チームにとっては最高の補強となったと評価したい」
決して甘口ではないかつての名将の言葉に対し、吉田は「一通りのリーグ戦での対戦が終わるまでは、何とも言えません」と謙虚な姿勢を崩さない。
セインツ周辺では、毎日のように新聞上でアドキンス監督の解任説が報じられている。だが、セットプレーからのヘディングのシーンも見られるようになるなど、吉田自身は攻守に充実している。吉田の存在感がさび付かないためにも、チームの攻撃陣の進化に期待したいのだが、果たして――。
やがて冬にシーズンの折り返しを迎える。そして春にはデビューシーズンを終える。そのころまでに、アジア人CBのパイオニアはどんな地平を切り開いているのだろうか。
<了>
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