新たな攻撃サッカーの創始者となるのは誰か?=アタッキングの方法を発明する気鋭の監督たち

カンゼン

ドルトムントのクロップ監督が発明する攻撃

クロップ監督(写真)は攻撃における独自の練習法を確立し、ブンデスリーガ2連覇を果たした 【Bongarts/Getty Images】

 今、ヨーロッパのサッカーは確実に“アタッキング志向”に傾倒しつつある。

 1980年代後半にミランで名声を得たアリーゴ・サッキがゾーンプレスを発明して以降、相手から「どうボールを奪うか」にエネルギーが注がれ、守備こそが勝利への近道だと信じられてきた。

 だがバルセロナが、その“守備神話”を打ち砕いた。ヨハン・クライフの哲学をもとに育成に取り組み続け、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシという新時代のフットボーラーを生み出し、ここ数年間で3度もチャンピオンズリーグ(CL)のタイトル(2006年、09年、11年)を手にしている。今や守備だけでは勝てないことがヨーロッパサッカーの共通認識となり、サッカー大国のビッグクラブはよほどの事情がない限り、攻撃的スタイルを掲げる時代になった。

 ただし、ここである問題が生まれた。

 攻撃の指導は、守備の指導に比べてはるかに難しい、ということだ。
 守備の練習法に関しては、サッキが細かく整理したおかげで、どんなチームでもある程度の守備組織が作れるようになった。サッキが提唱したのは段階的なチーム作りで、まずはピッチに11本のポールを立ててプレスの動き方を習得し、続いて実際に動く相手に対して実践する。アルベルト・ザッケローニ監督も、このやり方を日本代表の練習で行っている。

 一方、攻撃となると、そこまでの練習法が確立されていないのが現状だ。
 サイドにパスを出して、そこからクロスを上げるといった“パターン練習”が一般的だが、相手のレベルが上がると、そういう型にはまった動きは通用しなくなる。元日本代表監督のイビチャ・オシムは代表でのトレーニングにおいて、複数の色のビブスを使って発想力そのものを鍛えようとしたが、他の指導者が参考にするには難解すぎた。

 バルセロナのように、子どものときから基礎技術を重視し、パスの能力が高い選手を選抜していけば、自然に攻撃サッカーが生まれるだろう。だが、それは約20年前からの継続した育成の成果で、他のクラブがすぐにまねすることはできない。この年月の差を補うには、時計の針を一気に早回しするような、攻撃の練習法を“発明”しなければいけない。

 そういう視点で見たとき、ヨーロッパでパイオニアになりつつある監督がいる。ドルトムントのユルゲン・クロップ監督だ。
 クロップ監督は独自の練習によって、ショートパスとドリブルでゴール前をこじ開けるチームを作り上げ、ブンデスリーガ2連覇を達成した。今季のCLではレアル・マドリー、マンチェスター・シティ、アヤックスと同じ“死の組”に入り、勝ち上がるのは決して簡単ではないが、波乱を起こす力は十分にある。

新たな試みが独創的な攻撃を生む

 ドルトムントのシーズン中の練習はほぼ非公開だが、今年7月、スイスで行われた合宿はすべて公開された。そのときに取材した練習メニューを、ここで紹介したいと思う。

 例えば、「輪になって行うボールまわし」。
 一般的なやり方だと、敵役の2人(もしくは3人)が輪の中に入り、外側にいる選手たちがパスをまわす。
 だが、これではウオーミングアップにしかならない。ドルトムントは一味違う。5人で作った輪の中に、3人の敵役が入るのは同じだが、そこに味方も1人加わるのである。輪にいる選手たちは、外側でパスをつなぎながら、常に中央にいる味方にパスを出すすきをうかがう。一方、中央にいる選手はパスを受けられるように、敵役の視野から消えたり、重心移動の逆を取ったり、動き方を工夫する。

 この練習を見てすぐに、試合のあるシーンが頭に浮かんだ。相手のボランチとDFにはさまれたトップ下の選手が、パスを受けようとする状況に極めて近いのだ。昨季、ドルトムントの試合では、香川真司(現マンチェスター・ユナイテッド)がトップ下のエリアですき間に顔を出して、パスを引き出すシーンが何度もあった。そういう攻撃をスムーズにできたのは、香川の才能に加えて、こういう練習をしていたからに違いない。

「ハーフコートの広さで5対5(GKを含む)で行うミニゲーム」も印象的だった。
 ここで特殊なのは、タッチ数がワンタッチに限定されることだ。これだけ広い範囲に、それぞれフィールドプレーヤーが4人しかおらず、さらにすべてダイレクトプレーなのだ。受け手が常にパスコースに顔を出す必要がある。連続した動き出しを体に染み込ませるには、絶好の練習だろう。

 こういう「受け手」の動きを磨くメニューだけでなく、「出し手」の視野を鍛えるトレーニングもあった。
 まずフルコートに2チームが分かれ、それぞれ右サイドのエリア、左サイドのエリアに4人ずつに分かれてパスまわしをする。その間に各チームの1人が中央でGKからパスを受け、ドリブルからシュートまで持ち込む。そしてシュートした瞬間、サイドでパスまわしをしていた4人から、中央にいた選手にパスを出して、一気にみんなで攻撃をする……というトレーニングだ。

 サイドでパスをまわしている選手は、常に中央で何が起こっているかを見ておく必要があるので、ボールが地面を転がっているときは、顔を上げて周囲の状況を把握することが求められる。こういう練習をすることで、パスを受ける前に味方がどこにいるかを見る目が鍛えられるのだ。

 わずか1週間の合宿を見ただけで、クロップ監督の戦術の全容が分かるわけではないが、パスの「出し手」と「受け手」の能力をレベルアップさせることで、密集地帯を攻略する力をつけようとしていることは十分に伝わってきた。ドルトムントがブンデスリーガを2連覇した背景には、08年にクロップが監督に就任して以来、こういう新しい試みをしてきたからに違いない。

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