岐路に立たされたベンゲル監督の美学=アーセナルは優勝争いをできるのか

平床大輔

“人材派遣元”となってしまう可能性も

2年連続で主力選手が流出したアーセナル。無冠も7シーズン続きベンゲル監督(写真)の苦悩は深まるばかりだ 【Getty Images】

 あくまで自らの哲学を曲げないアーセン・ベンゲル監督が感じているであろう孤独を思うと、「ああ、サッカーの監督だけにはなるものじゃないな」と、つくづく傍観者でいる身のありがたさを感じてしまう昨今である。ベンゲル監督の孤独は、あるいは孤高という言葉に置き換えることができるかもしれない。常識的な経済感覚を働かせ、健全なクラブ経営にこだわるアーセナルのピーター・ヒルウッド会長の理念と、それを現場レベルで実地に遂行するベンゲル監督の流儀は、いびつなグローバリゼーションが蔓延(はびこ)る現在のサッカー界にあって、まさしく希少な存在であり、彼らのチャレンジは称賛に値する。そして、有望な若手選手を育成しつつスカッドの競争力を維持し、その上でピッチ上に魅力的な絵図を描こうとするベンゲル監督の美学は、それそのものが孤高の姿と表現していいだろう。しかし、それは外野の無責任な礼賛に過ぎず、実際的にその孤高の美学は今、7シーズン続く無冠と、2シーズン連続の主力選手流出という現実を前に岐路に立たされている。

 外野の立場で言わせてもらうと、昨シーズンに続いて主力選手を放出した今シーズンのアーセナルは、今後のかじの取り方によっては、来シーズン以降もこのまま巨額の財を投じるメガクラブにとっての“人材派遣元”となってしまう可能性があるだけに、非常に興味深い観察の対象といえる。理想と現実が相反する中で、選手やサポーターの抱える悩みがここまで深いビッグクラブも珍しい。サポーターおよびクラブ関係者を含め、アーセナルに関わる全員が来夏こそはため息のでない夏にしたいと願っていることだろう。

重要な鍵を握っているのは

 それにしても、常に長期的な視野に立ってチームを構築してきたベンゲル監督が、2シーズン連続してかなり大がかりな再構築を強いられたのは、なんとも皮肉な話ではあるが、この夏は、行き当たりばったりという感の強かった昨季の補強とは異なり、ロビン・ファン・ペルシ放出が既定路線となるや否や、オリビエ・ジルー、ルーカス・ポドルスキー、サンティ・カソルラと、計画的に選手を獲得しているだけに、「存外やるかもしれない」という期待感はある。

 また、開幕から3試合で10失点した昨シーズンと比較すると、今シーズンはこれまで3試合で無失点と、この辺にもしっかりと教訓が生かされている感じがして、ともすれば理想主義者に映りがちなベンゲル監督の現実的な一面が垣間見えるようで面白い。なお、このディフェンス面の改善は、勇退したパット・ライスに代わり今季よりアシスタントコーチの任にあたっているスティーブ・ボールドの影響が大きいようで、監督をはじめ、新キャプテンのトーマス・ベルマーレン、カール・ジェンキンソンらのディフェンス陣も口々にこの新しいアシスタントコーチに対する賛辞を送っている。

 一方、ファン・ペルシの抜けた穴が懸念される攻撃面は、無得点に終わった初めの2戦こそ、その最大の懸案事項をもろに露呈する形になったが、敵地アンフィールドのリバプール戦で2ゴールを奪った第3節のパフォーマンスは、徐々にではあるが新戦力がチームになじみ始めていることをうかがわせた。

 確かにファン・ペルシの不在は何かと目についてしまいがちだが、ここは、昨季のリーグ戦でチーム総得点の半分以上に絡んだファン・ペルシというけた外れの得点源を、新加入の3人がいかに分散できるかという単純な算数による議論をするのではなく、逆に、重度なファン・ペルシ依存体質からの脱却として、ポジティブにとらえたいところである。実際、カソルラ、ジルー、ポドルスキーに、セオ・ウォルコット、アレックス・オックスレイド=チェンバレン、ジェルビーニョといった既存戦力を加えた攻撃陣は十分に魅力的であり、スピーディーかつ独創的なアタッキング・サッカーを展開できる可能性を秘めている。

 ここで重要な鍵を握っているのが10月に復帰予定のジャック・ウィルシャーである。背番号10を引き継いだ若き司令塔の復帰は、彼が昨シーズンを丸ごと棒に振ったことを考えると事実上の補強であり、戦術眼、展開力、そしてダイナミズムが高いレベルで結びついたウィルシャーが前線のタレントを自在に操ることができれば、アーセナルの攻撃は昨季以上に多様性を帯びるはずである。もともと、昨季のアレックス・ソングが遂げた飛躍的な進歩も、ウィルシャーの長期離脱が遠因となった節があるので、こと攻撃面に限っては、ウィルシャーが復帰すればソングの不在は問題にならないだろう。以上、語尾からも分かる通り、今シーズンのアーセナルの前線から中盤にかけたクオリティーに対する希望的観測である。あくまでも希望的な予測ではあるが、第三者の脳裏にポジティブなイメージを浮ばせているのは悪くない兆候である。

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著者プロフィール

1976年生まれ。東京都出身。雑文家。1990年代の多くを「サッカー不毛の地」米国で過ごすも、94年のワールドカップ・米国大会でサッカーと邂逅(かいこう)。以降、徹頭徹尾、視聴者・観戦者の立場を貫いてきたが、2008年ペン(キーボード)をとる。現在はJ SPORTSにプレミアリーグ関連のコラムを寄稿

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