北朝鮮がロンドン五輪で快進撃、その背景を探る

キム・ミョンウ

柔道女子52キロ級で中村美里らを倒して金メダルを獲得したアン・グムエ 【Getty Images】

 予想を覆す驚きの連続だった。

 8月7日(現地時間)現在、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)がロンドン五輪で金メダル4個、銅メダル1個を獲得し、国別メダルランキングも14位と快進撃を見せている。
 北朝鮮は1992年のバルセロナ五輪での金メダル4個、銅メダル5個が過去最多で、その記録を超えるまであと一歩と迫った。

 だが、五輪開幕前、北朝鮮選手団を取り巻く状況は決していいとは言えなかった。欧米の主要スポーツメディアの予想では、北朝鮮の金メダルはゼロ。しかも、今大会に参加した選手団は、前回の北京五輪よりも7人少ない56人で、出場競技も11種目とそこまで多い数字ではない。目に見える情報だけを判断材料とするならば、誰もが“メダルゼロ”と考えて当然だ。
 さらに開幕前の女子サッカーの件でつまずいたことも、北朝鮮には想定外だった。運営側のミスで韓国国旗が場内モニターに映し出され、それに対して抗議するというニュースがクローズアップされてしまい、別の意味で注目を浴びてしまった。

 後味の悪いスタートだったが、いざ競技が始まると、瞬く間に金メダルを4個獲得。1つは女子柔道、残り3つはウエイトリフティングだった。
 柔道女子52キロ級で金メダルを獲得したアン・グムエに関しては、2回戦で日本のメダル候補だった中村美里(三井住友海上)と対戦したので、テレビやニュースで知った人も多いだろう。
 北朝鮮の女子柔道としては96年アトランタ五輪のケ・スンヒ選手以来、16年ぶりの快挙だが、アンの金メダルは決して偶然ではない。北朝鮮選手団の中では、メダル筆頭候補だった。

 それは過去の実績を見ればよく分かる。2005、07年の世界選手権ではそれぞれ銅、06年ドーハ・アジア大会で金、10年広州アジア大会で銅、さらに前回の北京五輪では銀の成績を残している。しかも、彼女が頭角を現した05年世界選手権から5年後の10年、ケ・スンヒが現役を引退してコーチに就任したことも大きな原動力になった。

指導者が一貫して変わらないのが特徴

 ケ・スンヒといえば、アトランタ五輪の柔道女子48キロ級決勝で谷亮子(当時は田村)を破った北朝鮮女子柔道界の英雄。北朝鮮国内において最高勲章である金日成勲章と労働英雄の称号を受けている。アンは優勝後「ケ・スンヒ精神を見習って祖国にメダルで報いたかった」と語っているが、過去の金メダリストの指導が結果となって表れた。

 ただ、柔道のメダリストが後進の指導にあたるケースは、他国でもそう珍しいことではない。

 しかし、「個人競技において、日本と一つだけ決定的な違いがあります」と語るのは、ウエイトリフティングの北朝鮮代表として98年バンコク・アジア大会に出場した経歴を持つ在日コリアンの金太壌(キム・テヤン、36歳)氏だ。

 金氏は、北海道朝鮮初中高級学校を卒業後、中大のウエイトリフティング部に所属。現役時代は北朝鮮に6年連続で訪問し、現地のトップ選手から技術や理論を学び、トレーニングを積んだ。ともに練習をした選手の中には、過去の五輪メダリストもいた。いわば北朝鮮の重量挙げ事情をよく知る人物だ。

「柔道のケ・スンヒコーチしかり、ウエイトリフティングもそうですが、一人の選手に対して指導者が一貫して変わらないのが最大の特徴として挙げられます。そこに日本との大きな違いがあると感じます」

 具体的にどういうことなのか。
「日本の場合、高校から大学、社会人と進むにつれて指導者が変わります。それぞれ指導方法が異なるので、選手も何を信じてトレーニングをすればいいか分からなくなって迷いが生じるというケースがあります。つまり、朝鮮の選手は同じコーチから一貫した指導を受けているので、ブレが生じない。それが強さの秘訣(ひけつ)の一つに挙げられます。日本の選手で言うなら、女子ウエイトリフティング48キロ級で銀メダルを獲得した三宅宏実選手(いちご)がその典型的な例で、彼女の強さも父の一貫した指導があってこそだと思います」

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著者プロフィール

1977年、大阪府生まれの在日コリアン3世。フリーライター。朝鮮大学校外国語学部卒。朝鮮新報社記者時代に幅広い分野のスポーツ取材をこなす。その後、ライターとして活動を開始し、主に韓国、北朝鮮のサッカー、コリアン選手らを取材。南アフリカW杯前には平壌に入り、代表チームや関係者らを取材した。2011年からゴルフ取材も開始。イ・ボミら韓国人選手と親交があり、韓国ゴルフ事情に精通している。

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