北朝鮮がロンドン五輪で快進撃、その背景を探る

キム・ミョンウ

引き継がれる強化の伝統

ウェイトリフティング男子56キロ級で優勝したオム・ユンチョル。ウェイトリフティングは多くのメダリストを輩出している 【Getty Images】

 今大会、北朝鮮はウエイトリフティングで男子56キロ級のオム・ユンチョル、62キロ級のキム・ウングク、女子69キロ級のリム・ジョンシムの3人が金メダルを獲得した。特にキム・ウングクはスナッチ153キロ、ジャーク174キロで、トータル327キロの世界新記録を樹立。彼らはみな、同じコーチから何年も同じ指導、練習方法で世界を目指してきたというわけだ。

「そのコーチというのも、過去の五輪メダリストなんです。ロンドン五輪のテレビ中継でその姿が確認できましたが、かつて96年アトランタ五輪で銅メダルを獲ったチョン・チョルホがコーチとして会場にいました。彼とは98年バンコク・アジア大会の宿泊先で一緒の部屋だったのですが、室内が乾燥しているからって、いきなり床に水をまきだしたんです。ビックリしましたよ。それくらい意識の高い選手ばかりでした」

 また、選手たちの練習は想像を絶するほど厳しいものだったという。
「忘れられないのは00年、04年五輪の女子メダリストのリ・ソンフィが若いころ、泣きながら練習していたことです。女性が泣いても止めさせないくらい上を目指すプロ意識が高かった。あれは苦しくて泣いているんじゃなくて、『これじゃ世界で勝てない』ってバーベルを持ち上げられない悔しさからの涙だったと思います」

 ちなみに、ロンドン五輪開催中に北朝鮮のスポーツ事情について書いた日本の某紙によれば、「北朝鮮でスポーツ政策は政府機関が統括し、能力のある子どもを選抜して英才教育を施す」とのことだが、金氏によれば、子どもたちがスポーツを始める動機はどこの国も似たようなものらしい。

「当時、朝鮮で一緒に練習していた選手に聞いてみたんですよ。なんで重量挙げを始めたのかって。そしたらその選手、『兄がやっていたから興味があって始めた』って言うんですよ。もっと気難しい答えが返ってくると思ったんですが、普通すぎて拍子抜けしました(笑)。選手たちは結果が出る喜びを知っているから競技を続けるわけです」

 さらに、意外と知られていないのが、北朝鮮がウエイトリフティング競技で五輪では多くのメダリストを輩出していることだ。

 まずは男子から見てみると、80年モスクワ五輪でホ・ボンチョルが銀、ハン・ギョンシが銅。92年バルセロナ五輪でキム・ミョンナムが銅。96年アトランタ五輪でもキムが銀、チョン・チョルホが銅を獲得している。
 女子は2000年シドニー五輪、04年アテネ五輪でリ・ソンフィがそれぞれ銀、08年北京五輪でオ・ジョンエが銅、パク・ヒョンスクが金の成績を残しており、ウエイトリフティングは得意種目の一つと言える。

「日本のメディアでは、朝鮮の快進撃を予想外と伝えていますが、決してそうではありません。今回、金メダルを獲得した選手たちは、世界選手権でも上位入賞していて、五輪でもメダル圏内の実力はありました。いずれにせよ、朝鮮のウェイトリフティングには過去の実績と伝統があり、そのうえでのメダル獲得だと言えます」

旧共産圏諸国との交流が基盤に

 金氏によればもう一つ、忘れてならないものがあるという。それが旧共産圏とのスポーツ交流だ。
「私が朝鮮で練習していた1980年代は、平壌市内にある高麗ホテルに東欧のスポーツ選手がたくさん出入りしていました。ソ連やハンガリーの選手がいたのを今でも鮮明に覚えています。そうした技術交流が様々な種目で活発に行われていたのだと思います」

 確かに金氏の言う通りだ。

 北朝鮮が五輪に初参加したのは72年のミュンヘン五輪からで、金1個、銀1個、銅3個を獲得している。当時は共産圏の社会主義国家が全盛の時代。北朝鮮もスポーツにおいて多分に影響を受けたのは間違いない。

 実際、80年モスクワ五輪で開催国のソ連は金80個、銀69個、銅46個の計195で国別メダル獲得数1位。2位は東ドイツ、3位はブルガリア、4位にキューバ、5位にイタリアをはさんで、6位にハンガリー、7位にルーマニアと続く。北朝鮮も銀3個、銅2個を獲得して26位とまずまずの成績を残している。

 ここで挙げたイタリア以外の国家は共産圏に属した社会主義国家であり、調べたところ、驚くべきことにモスクワ五輪のウエイトリフティング全階級の金メダリストはソ連、キューバ、ブルガリア、ハンガリーの選手だった。

 そんな彼らと練習や試合をする環境が与えていたとすれば、レベルが飛躍的に向上するのもうなずける。北朝鮮もモスクワ五輪のウエイトリフティング競技で初めて二人のメダリストを輩出することに成功している。

「試合を見ても分かりますが、当時のソ連や東欧諸国の技術レベルはとても高かった。バーベルの軌道から膝の角度まで、ベストがどこなのかが計算しつくされていますからね。そのノウハウが80年ごろから、現在までしっかりと受け継がれているからこそ、メダルを取れるのだと思います」。

 今大会、北朝鮮の金メダリストがいつか引退すれば、コーチの道を歩むのだろう。そして、彼らの指導を受けた後輩たちが、いずれ五輪の舞台に立つ日が来る。4年後、リオデジャネイロ五輪での北朝鮮を“想定外”と色眼鏡で見ていては、またもや驚かされるのかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

1977年、大阪府生まれの在日コリアン3世。フリーライター。朝鮮大学校外国語学部卒。朝鮮新報社記者時代に幅広い分野のスポーツ取材をこなす。その後、ライターとして活動を開始し、主に韓国、北朝鮮のサッカー、コリアン選手らを取材。南アフリカW杯前には平壌に入り、代表チームや関係者らを取材した。2011年からゴルフ取材も開始。イ・ボミら韓国人選手と親交があり、韓国ゴルフ事情に精通している。

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