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フランス代表、いまだトラウマは癒えず
またも起こったロッカールームでの衝突

6年ぶりのグループリーグ突破。しかし……

不完全燃焼に終わったフランスのブラン監督
不完全燃焼に終わったフランスのブラン監督【Getty Images】

 6年、もう6年である。レ・ブルー(サッカーフランス代表の愛称)が、大きな国際大会で最後の勝利を挙げて以来、そして最後にグループリーグを突破して以来、6年の月日が過ぎ去った。もちろん現在のフランスは、タイトル候補と呼ばれる位置にはいない。しかし、ミシェル・プラティニやジネディーヌ・ジダンのような並外れた男がいない中、それなりに優秀な選手たちで、ユーロ本戦のグループリーグを突破できるチームを築いたということは、喜ぶべきことであるはずだった。


 それでも今回、スペインに敗れ準々決勝で敗退したフランスのユーロでの歩みは、『失敗』という印象を色濃く残した。その理由は、大まかに見てふたつある。ひとつは、準々決勝でのフランスが、偉大なスペインと呼ぶにふさわしくない凡庸なプレーをした相手に対し、挑戦者としての意気込みも、これまで築いてきた良い部分も見せることもできないまま敗れたこと。スペインに負けたこと自体ではなく、気迫のかけらも見せられなかった、その負け方が問題だったのだ。


 正直、この試合でのスペインは、手の届かない相手ではなかった。そつなく、技術的にはフランスよりずっと正確ではあったが、守備面ではかなり受身で、今後この調子では連覇は困難では、と心配にさえなる。実際、フランスの気迫のなさを見て、力をセーブしているのかと疑いたくなるほど勢いが感じられず、それもあって、解説を務めたアーセン・ベンゲル、ビセンテ・リザラズ、ダビド・ジノーラらも、試合後「失望というより、フラストレーションを感じる」と告白していた。フランスがアンダードックらしく、捨て身の奮闘することを予想していたフランスのテレビは、レ・ブルーの試合をノン・マッチ(※プレーらしきものをまったくできなかった試合)と呼び、「フランスのサッカーファンのために悲しく思う」という言葉で試合を締めくくった。


 そしてふたつめの理由は、対ウクライナ戦での勝利で勢いに乗り始めたかに見えたフランスの歩みが、そこからの急落で尻つぼみに終わったことだった。今回の彼らのユーロでの経緯は、イングランド戦が△、ウクライナ戦が○、スウェーデン戦が×。スペインが見せるすきに付け入ることができなかったフランスの気迫のなさ、自信のなさを説明するためには、まずこの2番目の理由を引き起こした、そこまでの経緯から説明しなければならない。

ウクライナ戦で盛り上がった期待

 イングランドとの第一戦では、効果的な攻撃を見せられないまま1−1で終わったフランスだが、ローラン・ブラン監督は、次のウクライナ戦で、速やかに問題の修正を行った。右サイドに布陣されながら、やたら中央に入りこみ、右のサイド攻撃を極めて難しくしていたサミル・ナスリを中央に移し、代わりにスピードのあるジェレミー・メネズを起用。ビジョンがない、守備に参加しない、など批判も多いメネズだが、作った得点機の多さが見せるとおり、この変更のおかげでより速さと突破力が生まれた。そして結果的に、相手ディフェンスをパニックに陥れ続けたそのメネズが、先制点をたたき出した。


 主力FWのカリム・ベンゼマに得点がないことも指摘されていたが、ウクライナ戦での彼は、2得点をアシストしており、その試合への影響力ゆえに、評価は悪くなかった。確かに、1トップの選手でありながら、思うようにパスが来ないこともあってか、ボールに触るために下がりすぎる傾向があったのは事実。しかし、そういうときにはメネズ、ヨハン・カバイェなど別の選手が前を取った。ここ数カ月の戦いで、満場一致での高評価を得てきたのは、元リールで、現ニューキャッスルのボランチ、カバイェだろう。その正確なミドルシュートで脅威を生み出すカバイェは、ボール奪回の肉体労働から、不意の攻撃参加まで、多様な仕事を精力的にこなす。ウクライナ戦では腿裏に違和感を覚え途中で退出したが、その前にフランスの2点目をたたき込んでいた。


 そんなわけでウクライナに2−0で快勝した後の国内の反応は、まだ完ぺきには遠いものの、「試合ごとに調子を上げつつある」というかなりポジティブなものだった。第三戦の相手はすでに敗退の決まったスウェーデンということで、一般国民の間にも、グループリーグ突破はほぼ確実、という楽観があったのは事実。しかしここに、大きな落とし穴が待っていた。

木村かや子

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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