本田圭佑があらためて示した「圧倒的な存在感」=最終予選3連戦で4得点2アシストの大活躍

元川悦子

自らのゴールで重圧と緊張感を払しょく

香川(右)、長友(中央)と見せる左サイドでの連係は今後も相手チームの脅威となるだろう 【Getty Images】

 一抹の不安を振り払い、強い気持ちで新たな一歩を踏み出すためにも、背番号の変更はどうしても必要だったのではないか。世界を見れば、バルセロナのセスク・ファブレガス、オーストラリア代表におけるティム・ケーヒルら、4番をつけるアタッカーはいる。本田が「日本で初めて4番で点の取れる選手になれれば面白い」と言い出すのも、決しておかしいことではなかった。ただ、彼にとっての背番号18は、W杯・南アフリカ大会で2点をたたき出してベスト16の原動力となり、アジアカップでMVPに輝いた「成功の証」である。過去の栄光を捨ててまで、本田はこの3連戦に懸けていたのだろう。

 かつての日本代表でも、06年W杯・ドイツ大会の予選の真っ最中に、エース・中田英寿がグロインペイン症候群で1年近く離脱したことがあった。05年3月の最終予選第2戦・イラン戦で復帰したものの、チームのバランスが崩れて手痛い黒星(1−2)を喫している。大黒柱の動向というのは、それだけ大きなインパクトを及ぼす。今の本田は当時の中田以上の影響力を持つ選手。3日の初戦、オマーン戦での一挙手一投足が、最終予選の行方を左右するといっても過言ではなかった。

 そんな重圧と緊張感を、彼は自らのゴールでいきなり払しょくしてみせた。オマーン戦の前半11分、ディフェンスラインの今野泰幸から前田→香川→前田とパスがつながり、左を駆け上がった長友に絶妙のタイミングでボールが渡った。彼はすさまじいスピードでコーナー付近までえぐり、折り返す。次の瞬間、本田がゴール前に走り込み、冷静にGKアルハブシの位置を見据えて左足を振り抜いた。文句なしの連動性あるゴールに、敵将であるポール・ルグエン監督は舌を巻くしかなかった。W杯・南アフリカ大会でカメルーンを率いた指揮官はまたしても本田にしてやられ、悪夢の再現を強いられる結果になった。

「僕自身も正直、硬さがありましたし、チームも少し力を抜くことができた。早い時間帯の先制点は大きかったと思います」と彼は神妙な面持ちで話したが、この一発が初戦の3−0、第2戦・ヨルダン戦の6−0という圧勝へとつながっていく。「今までの最終予選の入りと違うのは、早い時間に先制点が取れたこと」と、過去2度の最終予選を経験したベテラン・遠藤も強調したが、それをもたらしてくれた本田の非凡な決定力を、チーム全体が心強く感じたはずだ。

チームメートたちは本田の復活を歓迎

 彼がチームに与えたものは、ゴールだけではなかった。
「圭佑は全部できる選手。前でタメを作ってくれるし、2列目、3列目が上がっていきやすくなる。非常に重要な選手」と遠藤が認めれば、長友も「圭佑が入ることによって、周りの選手がより多くの力を出せるっていう部分はある。僕と真司、圭佑が左に寄ってきた時には確実に相手を崩せる自信を持てるし、やっててすごく楽しいっていう感覚がある」と言う。チームメートたちは攻撃の起点になれる男の復活を歓迎していた。

 確かに、オーストラリア戦でも、ルーカス・ニールやササ・オグネノブスキら屈強な大男相手に互角に渡り合い、巧みなボールさばきで時間を稼ぐシーンが何度も見られた。これはロシアでフィジカルの強い選手たちと戦っている成果にほかならない。本田と前田というキープ力のある2人が前線にいてこそ、長友らサイドバックは思い切って前に上がれる。その結果として、日本の攻撃バリエーションも多彩になるのだ。

「得点の形が増えた理由はシンプルで、海外でプレーしてるやつが増えたこと。それに尽きる。海外に行けば、今の日本みたいなパスのつなぎはないけど、縦のスピードはホントにピカイチ。向こうでもまれた選手が前線に増えて、ヤットさん(遠藤)やマコ(長谷部)と絡むことで、ポゼッションするところとカウンターで行くところの使い分けが意識できるようになったのかなと思いますね」と本田も語気を強めた。海外で活躍する選手の急増が日本サッカーの飛躍に寄与しているのは間違いないだろう。

「相手を上回る内容のサッカーができた」

 1つの重要な試金石だったオーストラリア戦で勝ちきれなかったことは確かに残念だったし、克服すべき問題点もいくつか出てきた。それでも、内容面ではアジアカップ決勝より少なからず前進した。本田も「相手を上回る内容のサッカーができた」と胸を張る。

「結果は引き分けということになってしまったけど、オーストラリアの選手も僕らがいい環境でやったらどうなるかっていうのは想像できたんじゃないかな。何も感じてなかったらアホか、何か秘策があるかの、どっちかだと思うんですけど」と相手を挑発するような言い回しでチームの進化を強調してみせた。自身についても「自分がやりたかったことの半分くらいは試せた。その半分ができなかったのは自分の問題でもあるし、周りとの共有の問題だったりする。でも解決できると思いますよ」と手応えをつかんだ様子。3試合フル稼働できた安堵(あんど)感を覚えたのか、今回のシリーズはずっと口が滑らかだった。

 本田が9カ月ものブランクを感じさせないどころか、よりスケールアップした姿を披露できたのは、ピッチに立てない間も高いものを追い求め続けたからだろう。長友のインテル、香川のマンU行きも生来の負けじ魂に火をつけたに違いない。「おれもビッグクラブでプレーするのがふさわしい」といった大胆発言をサラリとできてしまう男が輝きを取り戻したザックジャパンは、もっと強くなりそうな期待を抱かせてくれている。

 6月13日に26歳になった本田圭佑が背番号4をつけ、どこまで上り詰めていくのか。日本代表をどう変ぼうさせてくれるのか……。9月以降の最終予選の戦いが今から興味深い。

<了>

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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