陸海空をつなぐ自衛隊のサッカー=プレーできる喜びと感謝の気持ちを胸に

平野貴也

ボールが人間同士をつなぎ、上下関係を取り払う

彼らにとってのサッカーは、業務以外の人々とのつながりを生む媒体にもなっている 【平野貴也】

 彼らが蹴るボールはまず、基地内の別部隊の人間同士をつなぐ。そして、上下関係を取り払う。空自松島の長谷川さんは「ピッチに入ったら階級なんて誰も気にしていないですよ。制服を着たらちょっと、こうするけどね」と頭をペコペコと下げて笑った。公式パンフレットの選手欄にはいかにも縦関係の厳しそうな「階級」が記されているが、ピッチを見ても階級の上下関係などは分からない。

 そして、サッカーはときに基地や陸・海・空の違いも超える。この大会では東京での集中開催のため、遠方の出場チームが関東圏の基地に滞在している。「出張でほかの基地に行くことはあるけど、団体で行くことはない」(厚木マーカス、山崎監督)という貴重な機会だ。基地内で練習試合を行い、交流を深めることもある。また別の基地へ転勤した人が、その基地のチームに入ることもある(サッカーで言えば移籍だ)。

 航空自衛隊入間基地の上利義雄監督は「僕は以前、(同じ基地にある別チームの)第3補給処チームにいたんです。何年か前に『入間ダービー』が実現したときは熱かったですよ。毎年、全国大会に行くと今回は誰に会えるかなと楽しみ。松島の加藤さん、すっかり髪が白くなりましたね」とサッカー仲間との久しぶりの再会を喜んでいた。

震災直後、リフティングをしながら交わした会話

空自岐阜の谷川隆太郎士長(左)は震災直後、物資の輸送で向かった松島基地でのエピソードを語ってくれた 【平野貴也】

 あの災害時にあっても、ボールは彼らをつないだ。航空自衛隊岐阜基地チーム(以下、空自岐阜)のFW谷川隆太郎さんは、鹿児島県出身。鹿児島城西高校の1学年下には大迫勇也(鹿島)がおり、今季筑波大学から清水に入団した八反田康平は地元選抜チームでの仲間だ。

 大会初日、谷川さんは陸上自衛隊米子駐屯地チームとの対戦で終盤に同点ゴールを決めた。同じグループの海上自衛隊館山基地が棄権したため直接対決となった一戦をコイントス勝負に持ち込み、決勝トーナメントに進出。「監督の(コイントスの)3点目が大きかったです」と喜んだ。

 谷川さんは震災直後、物資の輸送で松島基地へと飛んだ。「向こうの人たちが落ち込んでいたら、どう声をかければ良いか分からなかった。でも『来てくれてありがとう、助かるよ!』と明るく言ってくれたので『よし、やるぞ』と思えました。サッカーをしている人にも会って、向こうの基地の人と2人でリフティングをしながら話したことを覚えています。僕たち(自衛隊)が落ち込んでいる場合じゃないという話をしていました」と回想した。

 彼らにとってのサッカーは、業務に向かうエネルギーを取り戻すオアシスであり、業務以外の人々とのつながりを生む媒体だ。もちろん、彼らは「サッカー選手」である前に「自衛隊員」で任務が優先。ピッチを離れれば「明日の集合時間は、マルナナマルマル」と厳格な隊員としての顔ものぞかせる。サッカーに関して言えば、プロや育成年代の強豪に比べて選手層は薄いし、成熟度も低い。しかし、訓練で鍛えられた肉体と精神、そしてサッカーが好きだという気持ちが織りなすサッカーは、また別の見応えがある。負けて泣く選手もいるなど、通称「全自(ぜんじ)」にかける思いはなかなか熱いのだ。

 28日に駒沢第2球技場で準決勝、29日に西が丘サッカー場で決勝戦と3位決定戦が行われる。時間のある方は、普段あまり接する機会の多くない自衛隊員のサッカーを見てみてはいかがだろうか。あの災害時にこれ以上なく頼もしい働きを見せた彼らと、サッカーファンである皆さんとが同じ空間を楽しむことができたなら、ボールはまた一つ役割を果たすのかもしれない。

第46回全国自衛隊サッカー大会

<決勝戦>
4月29日、西が丘サッカー場

<3位決定戦>
4月29日、西が丘サッカー場

(見どころ)
上位3チームは次回大会の地区予選を免除される。消化試合の雰囲気はないだろう。

<準決勝第2試合>
4月28日、駒沢第2球技場 10:00〜
「海自基地ANFC(厚木なかよし)vs.海上自衛隊厚木基地マーカス」

(見どころ)
 マーカスは、最多V15の優勝候補筆頭。名前の由来は、厚木基地が管轄する日本最東端「南鳥島」の別名。第30回から第41回まで12連覇を成し遂げるなど破格の存在だ。関東の強豪である流通経済大学の卒業生なども在籍しており「どんな状況にあっても勝たなければいけない、落とせない大会」(山崎監督)と意気込む。一方の厚木なかよしは、元々はマーカスのOBチームとして産声を挙げ、第43回大会を制覇。マーカスになかよしが挑む、注目の「厚木ダービー」だ。

<準決勝第1試合>
4月28日、駒沢第2球技場 12:30〜
「空自ついきFCvs空自FC.3DEP(第3補給処サッカー部)」

(見どころ)
 第3補給処(通称:さんぽ)は、シンガポールリーグを経験している元プロ熊谷哲平3曹が選手兼監督を務め、名実ともにチームを引っ張る。快足を誇る高平幸樹士長の突破も魅力だ。一方のついきは初の4強入り。大会期間中は対戦相手である第3補給処が所属している入間基地に滞在。基地内で熊谷3曹の指導を仰いだ際の「対戦したい」とのイレブンの思いを実現にこぎ着けた。因縁の対決となる。

<準々決勝>
×海自那覇FC
2−2(PK4−5)
○空自ついきFC

○空自FC.3DEP(第3補給処サッカー部)
1−0
×空自岐阜FC

○海自基地ANFC(厚木なかよし)
1−0
×空自入間基地サッカー部

×航空自衛隊浜松
1−4
○海上自衛隊厚木基地マーカス

<了>

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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