松井大輔、ディジョンで陥った予想外の苦境=困難を乗り越え、もう一花咲かせることはできるか

木村かや子

トップ下として新展開の兆しを見せたが

トップ下として先発したアジャクシオ戦で後ろからのタックルを受け負傷。この離脱が松井に向いた流れを断ち切ってしまった 【写真:PanoramiC/アフロ】

 とはいえ、そこはやはり1部残留を目指すチーム。新たに昇格したチームにしては活きがいいところを見せてはいるが、その成績には波があり、負けが続けば別の選手にもチャンスが巡ってくる。ダイレクトに前を取るディジョンの速攻は見ていて爽快(そうかい)だったが、パスをつなぐ技術はいまひとつ。リードを守らなければならないときにボールをキープできない、カウンターが機能しないときに第二の手段がない、という弱点もあった。

 こうして、リヨン、バランシエンヌに連敗して迎えた第7節のブレスト戦で、ついに松井にチャンスが巡ってくる。前述の弱点を自覚するカルトロン監督はこの試合に先立ち、単にカウンターだけでなく、必要なときにはパスをつないでボールキープできるようにするため、この手の練習を盛んに行っていたという。そして前日に先発を告げられた松井は、頭を丸刈りにし、見るからに気迫満々でこの試合に臨んだ。

 1−0で勝利した試合後、松井は「昨日、先発すると分かった時点で剃(そ)った。気合を入れるため、また心機一転とでもいうか、自分の中で何かを変えたいという気持ちもあった。今日見せなければ、次はないと思って臨んだ。チャンスはさほど回ってこない。このところあまりいいことがなかったから、自分のサッカー人生の新しい角出という意味も込めて」とこの丸刈りに込めた思いを語っている。最初にプレーしたレンヌ戦から、この試合までには、リーグ、カップ戦含め6試合の空白があった。「ちょっとでも出してもらえれば見せられるのに」というもどかしさに、この間、何度も監督と話をしたという。

「監督は、君の経験が必要になってくるときがある、チームのために君が必要だから、と言ってくれた。最初、フィジカル的に100パーセントでないというのは自分でも分かっていたし、監督はそういう配慮をしながら僕の調子が上がるのを見てくれていた。このチームはメンバーを固定しておらず、誰が次の試合に出るかは分からない。そしてそれが楽しくもある」

 こう言った松井は、また自分が出られなかった理由を自覚してもいた。
「初戦では、確かに動きに“キレ”がなかった。僕はキレの選手だから、キレがないときに自分の持ち味は出せない。コンディションを上げるというのが一番の課題だった。そして出られなかった間にチームは3試合ほど勝っていたので、勝っているときには、その勢いを維持するため、メンバーを変えたくないと監督が考えるのも理解できる。反面、そのあと負けが続いたから、今、メンツを変えるというのは当然。そこでサブメンバーたちは奮起しないといけない」

 ところで、ブレスト戦での松井は、ウイングではなくトップ下で先発した。そしてシーズン前に「左か右かのサイド起用を考えている」と言った監督が「センターのほうがいいと今は思っている」と前言を覆した。ウイングに走力と体力がある選手が多くいるため、技術を生かすなら中央のほうがいいと判断したようなのだ。肝心のプレーはどうだったかといえば、まだ本調子には遠いものの、体のキレは良くなり、断続的にクロスやスルーパスなどで攻撃を仕掛けるまずまずの出来。莫大な影響力を見せたわけではないが、いよいよこれから、といった良い印象を与えた。

 次のアウエーでのニース戦(第8節)では遠征に帯同したが、出番はなかった。もっとも、監督は「アウエーではどうしても守備の負担が大きくなるので、松井はホームゲームで出そうと思う」と事前に言っており、それを思い返せば驚きではない。ディジョンの攻撃的MFは攻撃も守備も体当たり、というタイプであり、彼らと比べると松井は守備面での激しさがやや劣るため、このような考えに至ったのだろうと想像する。

「うちのチームは、カウンターはうまい。速い攻め、ロングボールはできるけど、パスを回せないためにボールキープしなければならないときにできていない。自分がそこを補足できればと思う。また監督は何度も、経験が不足している、経験をもたらしてくれ、と言っている」

 こう言って来たる任務に燃えていた松井は、ホームで行われた次のアジャクシオ戦(第9節)で同様の任務を任され、やはりトップ下で先発した。この試合では、前半35分にシュートも放ち、枠内をとらえたが、GKが逆を突かれながらも足でブロックして初得点はならず。そして不運にも、背後から2度タックルを受けて足首を痛め、後半開始早々に交代で退いた。

流れを断ち切った長い故障

「ここまでボールキープができていなかったので、前半は僕がつなぎ役になり、つなぎながらチャンスメークをしようという作戦だった。ここ1週間、つなぐ練習、スルーパスや最後のパスの練習を重点的にやっていた。監督がすごく発破をかけてくれていたので、今日は頑張らないと、と思っていたし、最初の勢いのまま続けたかったが、早々にタックルを受けてけがをしてしまい、なかなか思うようなプレーができなかった」。試合後、こう松井が明かしたとおり、この時期の監督は、つなぐサッカーを取り入れることに燃えていた。試合後、監督は「松井は日に日に良くなってきている。彼がけがをし、あんなに早く代えるとは思っていなかったので、後半は戦略変更が必要になった」とやや忌々しそうに言っている。

 この時点での松井は、「最初はあまり試合に出られなかったが、自分の体調アップに従い徐々に回数が増えてきた。話をして、監督が信頼してくれていることが感じられたので焦りはない。このチームにはレギュラー確定という選手はそうおらず、選手を回しながらやっているので、うまくその波に乗ることができれば。そして出るときも出ないときも、『チームのために』という気持ちでやりたいと思う」と話している。実際それは、これからが本番、という雰囲気が漂い始めていたときだった。

 ところが、ただのねんざだと思っていた松井の故障は驚くほど長引いた。「体重を乗せてグッとやってしまった。でもねんざだと思うから、たぶん1週間くらいで治ると思う」という最初の予想とは裏腹に、実は靭帯を伸ばしていたのだという。「それに気づかず、練習を始めてしまったために悪化した。でも故障のときには焦っても仕方ないので……」と悟りを開く彼だったが、その間に試合は次々と進み、チーム内の状況はさらに変化していった。

 実は、若手ウイングたちの台頭の少しあとから、今度は昨季からリーグ2のベスト選手の一角と評価されていたベンジャミン・コルニェ(24歳)という中央のプレーメーカーが、力を発揮し始めていた。シーズン序盤には守備的MFと攻撃的MFの中間的なポジションについていた彼は、松井がトップ下に入ったときには、クリエーティブなボランチとしてプレーしていた選手である。松井の故障後はトップ下に位置を上げ、シーズンが進むにつれ次第に影響力を発揮するようになった彼は、得点機を作るだけなく、自分でゴールも決める。ここまでの得点数は、FWのジョビアルと並んで8と、チームトップ。この冬にもイングランドの複数クラブからオファーが届き、来夏に移籍することがほぼ決まっている。つまりいまや左右ウイング、中央と、松井がプレーしうる全ポジションに強力なライバルが存在するのだ。

 とはいえ、10月以降はウイングのボテアク、またゲルベールも、短期ではあるが一時的に故障で抜けていたため、プレーチャンスがあった時期に負傷してしまったのは、松井にとって極めて不運なことだった。この期間、通常のレギュラーのボテアクとギルベールが出られなかったときには、前述のコルニョーとベランゲが先発。松井が五体満足だったなら、間違いなく力を見せる機会を得ていたはずだ。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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