柏レイソルを優勝に導いた“ネルシーニョ・マジック”=昇格チームに植え付けた勝利の文化

鈴木潤

いったい誰がこの大躍進を予想しただろうか

J1昇格1年目の優勝はJリーグ19年の歴史における史上初の快挙となった 【photo by 原田亮太】

 昇格チームのJ1制覇――。
 世界的に見れば、1998年のカイザースラウテルン(ドイツ)など、昇格チームがトップリーグを制した前例はいくつかあるものの、柏レイソルの初優勝はJリーグ19年の歴史における史上初の快挙となった。一昨年のサンフレッチェ広島、昨年のセレッソ大阪がACL(アジアチャンピオンズリーグ)出場権を獲得したとあって、開幕前には柏にもACL圏内を期待する声は少なからず聞こえていたが、頂点まで昇り詰める大躍進をいったい誰が予想しただろうか。

 ネルシーニョが柏の監督に就任したのは2009年7月。当時、柏は降格の危機に直面しており、残留に向けた切り札としてブラジルで数多(あまた)の栄冠を手にしてきた名将が招へいされた。
 シーズン途中での就任であったにもかかわらず、前半戦の壊滅的な状況を立て直し、浦和レッズ、名古屋グランパス、清水エスパルスといった上位陣をも撃破。結果として降格したが、残留まであと一歩のところまで迫り、10年シーズンを戦う上でのベースをこの時点で築き上げることができた。

「オーガナイズされた守備からスピーディーなカウンターを繰り出す。自分たちが主導権を握り、クリエーティブな攻撃を展開する」
 ネルシーニョにはそんなサッカー哲学がある。09年以前まで、前線からのプレッシングとショートカウンターが代名詞だった柏に、最終ラインからつなぐビルドアップを求め、ショートパスをつなぐブラジル流のクリエーティブなサッカーを浸透させていった。そして自分たちが主導権を握るスタイルを好む一方で、ネルシーニョ自身がDF出身、「現役時代は酒井(宏樹)と同じぐらいのスピードがある右サイドバックだった」と自称するせいか、守備面についての要求は攻撃よりもむしろ多く、守備のバランスを失うことを大いに嫌う。リスクマネジメントの意識と全体のバランスは妥協することなく選手たちに求め続けた。

左サイドアタックという新たな武器が加わる

 10年シーズンのJ2時代から、その戦い方を継続してきた柏には、次第に状況に応じた臨機応変なスタイルが備わっていった。揺るぎないベースが築ければ、11年はそのクオリティーを高めていけばいいだけだった。
「やり方は去年と何も変わっていません。質が上がっただけで難しいことは特にしていないんですけどね」
 卓越した戦術眼を持ち、チームのかじ取りを担う大谷秀和が、そう言って笑みを見せた。

 昨年のレアンドロ・ドミンゲスに続き、今年サンパウロから鳴り物入りで加入したジョルジ・ワグネルの存在も大きい。開幕当初、ワグネルは左サイドバックで起用されており、セットプレーや高精度の左足キックではすでに存在感を発揮していたが、大津祐樹のメンヘングラッドバッハ移籍に伴い、7月には本職である中盤の左へポジションを移した。日本の水にも慣れ、柏の選手おのおのの特徴を把握したのだろう。夏場以降は真価を発揮していく。

 シーズン前半戦、柏の主な攻め手はレアンドロと酒井の右サイドからの攻撃だったのが、このワグネルのフィットと左サイドバック橋本和の成長により、9月以降には左サイドからのゴールチャンスが一気に増え、右のレアンドロ&酒井にも引けを取らない破壊力を誇示し始めるのである。10年から築き上げてきたチームの戦い方に、左サイドアタックという新たな武器が加わった点は、後半戦の快進撃を語る上では欠かせない理由の1つだ。

 ワグネルの加入同様、今季の柏はシーズン開幕前に積極的な補強を敢行した。兵働昭弘、アン・ヨンハ、増嶋竜也ら、J1チームで主力としてプレーしていた選手が加わり、選手層はより厚みを増した。レギュラーの座を射止めたのは増嶋1人だけだったが、普段の紅白戦ではサブ組に兵働、アン・ヨンハ、茨田陽生、澤昌克、水野晃樹、パク・ドンヒョクといった顔ぶれが並び、主力組が「紅白戦のレベルが高すぎ」と顔をしかめたほどだった。

し烈なポジション争いが生んだチームの活性化

 日々、レベルの高い選手たちとの切磋琢磨(せっさたくま)は当然、個々のレベルを引き上げていくもの。さらにネルシーニョは選手全員を分け隔てなく、ポジション争いでは常に平等に扱った。1週間のトレーニングで調子が良く、練習グラウンドの上で結果を残した者に、次の試合のメンバー入りの権利が与えられる。仮に試合で良いパフォーマンスを見せたとしても、日々のトレーニングで結果を残せなければネルシーニョの目にはかなわない。キャプテンの大谷、栗澤僚一、ワグネル、不動のレギュラークラスと見なされているこの3人ですら、スタメンから外れたこともあるぐらいだ。

 ネルシーニョは「選手全員を1人のプロ選手として同じ目で見ている」と話す。つまり、このポジション争いに「若手」や「ベテラン」という枠組みは存在していない。2年前には、チームの看板選手でそれまではスタメンの座が確約されていたフランサ(横浜FCを今季限りで退団)、李忠成(現広島)の調子が悪いと見るや、躊躇(ちゅうちょ)なく2人を外し、当時順天堂大学在学中で特別指定選手だった田中順也をスタメンに抜てきしたことは、その象徴的な例である。

 田中、酒井、工藤壮人、茨田ら、この2年で見せた若手の台頭は著しい。同時に北嶋秀朗のようなベテラン選手が復活を遂げ、彼自身「優勝争いをして18得点を挙げた2000年よりも今季の方が充実している」とまで言わしめる活躍ができる理由は、そういったし烈なポジション争いが生んだチーム内の活性化の結果である。

 だからこそ、ネルシーニョはよく選手を観察している。「わたしは常時試合に出ている選手よりも、あまり試合に出ていない選手を練習ではよく観察しています」と自ら述べるほど、本当によく見ているのだ。全体練習終了後の若手選手4、5人によるトレーニングならば、コーチが面倒を見るチームもあるだろう。だが、ネルシーニョはそういったケースでもグラウンドに残り、彼らに向けて鋭い視線を投げ掛けている。

 観察だけではない。ネルシーニョは日ごろから選手たちと対話を持ち、何かがあれば必ず話し合いの場を設ける。“ネルシーニョ・マジック”と呼ばれるさい配の妙は、まるで五感やインスピレーションが働いたスピリチュアルの一種のようにも取りざたされるが、選手の調子、特徴、状態、モチベーションなどを指揮官が把握しているからこそ、起用することで活躍する可能性が高くなるというだけのこと。ひらめきというよりは慧眼(けいがん)の証しだ。

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著者プロフィール

1972年生まれ、千葉県出身。会社員を経て02年にフリーランスへ転身。03年から柏レイソルの取材を始め、現在はクラブ公式の刊行物を執筆する傍ら、各サッカー媒体にも寄稿中。また、14年から自身の責任編集によるウェブマガジン『柏フットボールジャーナル』を立ち上げ、日々の取材で得た情報を発信している。

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