東京Vユースに浸透する“最後までやり切る意識”=楠瀬直木監督が語る自身の指導哲学

小澤一郎

「頑張っていることに酔っている部分がある」

監督の指導は選手たちにも浸透しており、最後まで全力を出し切れるチームに仕上がっている 【Ichiro Ozawa】

 表現は難しいが、目の前の試合、大会に絶対に勝つという気持ちや姿勢を大前提として持ちながらも、育成年代では勝つことがすべてではない、という絶妙のバランス感覚で指導に当たる楠瀬監督は、大会初日から「クラブユースはあくまで通過点」と公言してきた。

「1次予選で負ける、1週間で終わったとしても来週がある。やろうとしていることをやって勝つ。それをやらないで勝つのはダメ。サッカー選手として勝負する、スポーツ選手、男として勝つ。そして勝つにはどうしたらいいのかというと、ゴール前の集中力です。

 みんな何か方程式とか方法論で(マークを)『はがそう』とか、『裏を突こう』なんて言っているけれど、集中して最後にワンタッチでシュートできるか。ちゃんと狙ったコースにいっているか。最近のコパ・アメリカ(南米選手権)でもシュートレンジは広いし、どんな体勢でシュートを打っても枠に飛ばす。そういう選手を作っていかないといけない。

 じゃあ、今日の京都戦でそういう無理な体勢から打って、相手を脅かしたシュートがあったかというと、ないですよ。その前で終わっちゃっている。最後のところを破るというところは個人の勝負で、これが韓国の同年代の代表の選手と比べると、まだかなわないと思います。アジアを抜けるというところから見ても、そこの集中力を高めていかないと。

 頑張っていることに酔っている部分があるので。勝ったからやりきった、ほっとしたというのはあるけど、『だから何だ?』と。周りも『すごいね』と言うかもしれないけれど、『だから何なの?』と。やればできると思うから、やろうとすることが大事。それを求めていく。選手は大変かもしれないけれど、やればできるんです」

海外に劣っている“ボールを奪う技術”

 最後に、「卑屈になる必要はないと思いますが」という前置きをした上で、「今後の日本の育成年代で課題として取り組むことは、シュートの部分以外に何だと考えるか?」と聞いてみた。

「ボールを奪う技術でしょうね。吉野(恭平)なんかは、ボールを奪う技術が高い。例えば、インテルのカンビアッソなんかは、読みとか注意力がすごく高い。ポジショニングと、奪える・奪えないという判断。奪えないなら自由にさせない。奪えないときに、蹴って引いてプレーさせちゃう。まだ相手に2つくらい選択肢がある状態。でも、奪えないなら1つしかさせない。せめて段階を細かくできるセンスがほしい。あわよくば、相手が少しでもミスをしたら、さっと寄せて奪う技術。そういう技術というのは絶対にある。

 闇雲にいってしまう部分もあるし、ベンチから言い続けていて、何とか3本目のパスで奪えていたシーンがあったと思う。あれを2本目で取るとか、蹴らせないようにする。3本目で取るにしても、読めているんだからそのまま攻撃にいくくらいのテンポとイメージ。奪うということが攻撃のスタートじゃないですか。でも、日本は奪うことで終わってしまうことが多い。攻撃のスタートというところでそこの精度を上げていかないと。

 パスをつなぐ、動く、そういうものは世界的にすごく認められてきて、できるようになってきた。今度はボールを奪うところ。海外に比べると、ボールを奪う技術がない。『ディフェンスを育てよう』と言うけれど、そこはディフェンスだけの問題ではなくて、中盤にボールを奪える技術を持った選手がいないといけない」

 そのためにはわれわれメディアやサポーターの中にある「うまい」という評価基準を変えていく必要もある。これまでの日本で「うまい選手」というと、どうしてもボール扱いがうまい、パスがさばける中盤の選手というイメージだったが、楠瀬監督も「評価基準は変えていかないといけない」とした上でこう語る。

「評価基準を変えていくためには、変えることのできる選手を出さないと。この選手は本当にボールを取るのがうまい、という選手を。長友(佑都)がアップダウンで世界的に認められたけれど、奪う技術で認められる選手が出てこないといけない」

 常に先を、世界を見据えて厳しい指導に徹する楠瀬監督だが、唯一「今の東京Vユースからは、うまいだけという印象は全く感じられないですね」と意見した時にだけ、目尻を下げながら「そう思ってもらえているとしたらうれしいですね。方向性として、クラブとして育成に対して、そのように取り組んでいるので。勝った負けたは別にして、このくらいやらせたというのは満足ではないですけど、いいのかなと思います」と返ってきた。

<了>

小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」

スペイン在住歴5年、スペインでの指導経験も持つ気鋭のジャーナリスト・小澤一郎が、ここでしか読めない深い論考をお届け! 選手育成を軸足に、日本サッカーにおける問題点の数々を鋭く指摘します。ライトファンにはディープな知識を、選手・指導者・保護者には真摯な問題提起を。あらゆるサッカーファン必読のメルマガです!

2/2ページ

著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント