女子4継リレー 世界陸上の決勝が近づく日本新記録樹立

高野祐太

絶対エース・福島が生み出した相乗効果

福島という存在が、他選手に刺激を与えた。市川もその一人だ 【スポーツナビ】

 パスワークといういわばチーム力の強化ととともに、代表チーム首脳が求めていることは、個人のタイムを高い水準に引き上げることだ。麻場部長は「100メートルのA標準記録(11秒29)を超える持ちタイムの福島と、それに近い高橋の2本柱に続く、B標準クラスの3、4番手を育てたい」と常々語っていた。

 その展望が開けたのが、4月29日の織田記念陸上の女子100メートルだった。左ふくらはぎのけいれんにより福島が棄権した決勝で、追い風参考ながら市川が11秒28の日本人1位、北風が11秒40の同2位の結果を出してくれた。今年から、カーブワークも得意な福島を3走に、高橋をエース格の2走に固定し、残りの区間を様々な組み合わせで試してきたが、後半の伸びが魅力の市川をアンカー、スタートダッシュを武器とする北風を1走という、現状で最強のメンバーがそろう形となった。

 ニューヒロイン・市川の誕生と苦節を乗り越えた26歳・北風の復活。女子短距離陣が、俄然(がぜん)活気を帯びてきた。ほかにも、昨年のアジア大会(中国・広州)で3走を走った佐野夢加(都留文科大職)、09年の世界選手権ベルリン大会、昨年のアジア大会メンバーで、前日本記録メンバーでもある渡辺真弓(東邦銀行)といった代表経験者や、岡部奈緒(ミズノ)、今井沙緒里(至学館大)ら新しい戦力も力を蓄えている。さらには、昨年に11秒61の日本中学新を達成した土井杏南(埼玉栄高)が高校入学後も元気が良いなど、シニア勢を脅かすジュニアも育っている。

 こうした動きは、北京五輪女子100メートルに日本人として56年ぶりに出場し、その後も日本記録を連発、昨年のアジア大会では日本女子初の100、200メートル2冠を果たした“福島”という存在が起爆剤になっているに違いない。市川が言う。

「(福島の練習拠点である)ハイテクACでの代表合宿では、福島さんがこなすスピード練習が、自分には全然できなくてすごく落ち込んで……。大学に帰っても習った練習をたくさんやったことが今季の成長につながっていると思います」

伸び盛りの市川、けがから復活した北風

けがから復活を遂げた北風。今季初戦から好調をアピールしている 【スポーツナビ】

 市川は初めて日本代表として臨んだ昨年の世界ジュニア選手権200メートルで8位入賞を果たし、急成長を遂げている逸材。走りの大きな200メートル型の選手で、これまではスタートダッシュが苦手だった。しかし、スピード強化の繰り返しでピッチがストライドに付いてくるようになってきたという。

 推進力が上の方向に抜けてしまうなど課題はまだまだ多いが、それも魅力の裏返しだ。どうやら弾むようなバネを持っているようで、「レース前のアップのときにバネバネしい感じがするときがあるんです」と話した言葉が何ともユニークだ。
 また、60メートルからゴールまでのスピードはこれまでの日本女子の中で最高とのデータもある。未完の大器が花開くときを待っているといったところか。これで個人種目でも世界選手権を狙える位置に付けた。「絶対にB標準は切って、Aにも近付きたい。切りたいです」と言い切る言葉には、強い意欲がみなぎっていた。

 一方、北風は06年のアジア大会(カタール・ドーハ)で左すねを疲労骨折し、回復に苦しみ続けてきた。3度行った手術でもなかなか完治はしてくれなかった。その間に華々しい活躍を続ける福島が自分を追い越して行く。複雑な心境だった。
 だが、仲の良い後輩が先を行くことの悔しさを、どん底から這い上がるためのエネルギーに変えた。「神様は人が乗り越えられるだけの試練しか与えない」という言葉を支えに、スポットライトを浴びぬ、地道なトレーニングを続けてきた。その結果が、自らの日本記録を破る快挙。「持ってる女ですね」と笑う表情は、いつ以来だろうと感慨に浸ってしまう晴れやかさだった。

 今季の初戦で43秒39が出てしまった今、一気に期待は膨らむ。4人の中で最年長の北風は「みんなで『42秒台も出したいね』と話し合ったんです」と大台突破に言及した。そうなれば、ロンドンを待たずに今夏の大邱で日本のスピード4人娘が決勝の舞台に立つことは、かなりの確率で現実味を帯びてくることになる。

<了>

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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