真価が問われる日本格闘技――川尻、高谷が米ストライクフォース参戦

茂田浩司

日本MMAにとっての一大決戦に臨む高谷(左)と川尻 【t.SAKUMA】

 外は小春日和。
 閑静な住宅街の一角にあるJBSPORTSのドアを開けると、外部からはうかがい知れぬほど殺伐とした空気が流れていた。
 リングの中の川尻達也と高谷裕之はすでに臨戦態勢を整えている。16オンスのグローブにスネ当て、ヒザ当てのフル装備で固めて手加減なしのガチスパー。見守る山田武士トレーナーの表情にも緊張の色が浮かぶ。
 1R5分。開始のブザーが鳴る。
「突っ込みすぎるなよ!」
「全部倒そうとしなくていい!」
 パンチから蹴り、タックルから四つ。激しくぶつかりあいながら川尻は「対メレンデス」、高谷は「対ロバート・ペラルタ」用に考えられたコンビネーションを繰り出し、動きの一つ一つに山田トレーナーのチェックが入る。
 熱の入った3Rが終了すると、高谷は児山佳宏と交代。後半に強いメレンデスを想定し、残り2Rにあえてフレッシュな児山を入れて「5R」のキツさを川尻に体験させる狙いである。児山の執ようなテイクダウン狙いに体力を削られて川尻の表情がゆがむ。だが残り10秒、川尻はタックルを仕掛けてテイクダウンに成功。と同時に終了ブザーが鳴った。
 ジム内に響く大音量のヒップホップの隙間を縫って、床に倒れ込んだ川尻の激しい息遣いが聞こえる。練習はまだ始まったばかり。これからミット、マススパー、さらに陸上競技場でのダッシュが控えている。
 東京・足立区のJBSPORTSで週3回行われている「チーム黒船」の合同練習。4月9日のストライクフォース出陣を控えた川尻達也と高谷裕之は最後の追い込みに入っていた。

アメリカで見た「MMAの凄まじい進化」

米国のMMAに戦いを挑む「チーム黒船」の山田トレーナー 【t.SAKUMA】

 山田トレーナーにとって、アメリカは「屈辱の地」である。
 ボクシングトレーナーでありながら、初めてコンビを組んだ選手がキックボクサーの立嶋篤史という異色の経歴を持つ山田トレーナー。彼の人柄と研究熱心さに引き寄せられて、ジムには空手、総合、K−1など他競技の選手たちが集まり、05年10月、川尻の練習参加をきっかけに「チーム黒船」として合同練習がスタート。
 当時はボクサーも総合の選手もほぼ同じメニューをこなし、主に体力と根性を鍛える練習だった。異競技のトップ選手が競い合い、刺激し合う独特の雰囲気がプラスに作用。それぞれが試合で結果を出したことで山田トレーナーは自信を深めた。
「これだけのメンバーが一緒に鍛えるチームは世界中を探しても黒船以外にはない。最高の練習をしてる自信はある」
 そして、高谷裕之と大沢ケンジがWECと契約したのを機に山田トレーナーは言った。
「次のテーマはアメリカですよ」
 だが、勇んで乗り込んだアメリカで待っていたのは「勝てない現実」だったのである。08〜09年、山田トレーナーはWEC(高谷、大沢)とストライクフォース(石田光洋)のために計6回渡米して結果は1勝4敗1分。また、アメリカでジム巡りをした際に「MMAの進化」の凄まじいスピードを目の当たりにして自信を打ち砕かれた。
「やる気と運動神経さえあれば『そこそこのMMAの選手』になれるシステムが出来上がってた(苦笑)。俺達は『井の中の蛙』だとイヤというほど思い知らされました」
 一旦は「週3回の練習では絶対にアメリカに太刀打ち出来ない」と黒船の解散も考えたものの、参加メンバーの熱意もあって撤回。代わりに「新しい練習方法」の研究に打ち込み、ミット打ちの方法からフィジカル、練習メニューの組み方など次々と変えた。
 その成果が昨年大晦日の高谷裕之のDREAM王座と今年1月の児山佳宏の修斗環太平洋王座のダブル戴冠である。ボクシングライセンスの関係でセコンドに付くことは出来ないが、山田トレーナーはリングサイドから黒船メンバーのフィジカルとパンチのコンビネーションの進化をしっかりと見届けた。
「チャンピオンメイカーですよ(笑)。川尻君がメレンデスに勝って3冠達成です(笑)」

リングとケージの違いを考慮して「パンチを深く『差し込む』」

【t.SAKUMA】

 渡米の日が近づいていた。
 取材日の3月28日、山田トレーナーは関係者と「いかにプロテクターをアメリカに持ち込むか」を打ち合わせしていた。
「今回はプロテクターに頼っているんです」
 ストライクフォース出場が決まってから、ミット打ちでは必ず胸部と腹部を覆うプロテクターを着けてやってきた。
 これも08年に「リングとケージの違い」を痛いほど感じた経験から、山田トレーナーがその対策として考案したものである。
「ミットだとどうしても体の前に出して受けてしまう。だからプロテクターで僕の体まで『差し込む』感覚で打たせていて、高谷と川尻はしっかりとその感覚を掴んでいます。円(ケージ)と四角(リング)の差で、リングなら『追い詰めて打つ』面白さがあるけど、ケージだと詰める前に回られる。リングと同じ感覚でパンチを打っても全然届かなくて『本当なら届いていたのに』にはなりたくない。そこの微妙な感覚が大事なことを実際にアメリカで体験してきてますからね」
 また、ケージで戦う選手たちは例外なく「足」が使える。そのため、黒船ではフルに動き続けるスタミナと、踏み込みの速さに対応するためのステップワークを磨いてきた。
「どっしりと構えてパンチを振り回しても、向こうの選手には絶対に当たらないですから(苦笑)。それに、ストライクフォースがズッファに買収されて『ルールもUFCと同じになる』(※グラウンド状態での頭部へのヒジ打ちが認められる)と聞いているんですけど、向こうに行ったらケージもオクタゴンサイズに変更されてる可能性もありますからね(苦笑)。広いケージの中でいなされるか、突き破れるかはこっちのステップワーク次第。僕らは09年からずっとこの課題を持ってやってきたんですから」
 日本とはすべてが違う。ヒジ打ちあり。ジャッジはラウンドごとに優劣を付ける。膠着ブレイクがほとんどない。控え室に持ち込む飲み物を制限されたり、環境が大きく異なる。

初のアメリカ、ルール――川尻にのし掛かる重いハンデ

【t.SAKUMA】

 高谷にはWECのキャリアがあるが、川尻には日本との条件の違いが大きなハンデとしてのし掛かる。アメリカで戦うことも初めてなら、ケージも、5分5ラウンドも初めて。メレンデスも4年前に「PRIDE男祭り」で殴り合った時とは別人だ。
 ところが、山田トレーナーは「川尻なら克服できると思う」と自信を見せる。
「ヒジとかルールの違いに全部対応できてるかといえば出来てないです。ただ『メレンデスには勝てる』と思ってます。僕は石田君の試合でメレンデスを見て(09年8月)『強くなった』と思いました。荒っぽくて、被弾することも多かった選手が試合で揉まれて、フィジカルが強くスタミナがあって、いい荒っぽさを残しながら洗練されましたよね」
 ただし、川尻もこの4年間、ほとんど休まずに黒船の練習に参加して、全ての面で飛躍的な進化を遂げてきた。
「フィジカルの強さとスタミナが本当に伸びて、メレンデスに打ち合いを仕掛けられても十分にやり合える力も付いてます。でも何よりデカいのは大晦日にジョシュ・トムソンに勝ったことです。あれがなかったら全部が手探りでしたから(苦笑)」
 ストライクフォースNo.2、トムソンはメレンデスと1勝1敗。その相手を完封したことでメレンデス戦に光明が見えた。
「今回の3選手は責任が重いし、ズッファに買収されたストライクフォースの中で『日本のDREAM』が存在感をアピールするラストチャンスかもしれない。特に川尻は3人の中で唯一チャンピオンじゃないのにタイトルマッチ出場ですから。だけど『メレンデスに勝つための課題』は何とかクリアできるところまで間に合わせたと思いますから、後はいかに気持ち良く試合に臨めるか。青木君は勝つでしょう。高谷も2年前とは違うんで勝てると思ってます。僕は『川尻達也』は自分の作品だと思っているし、メレンデスに勝てると信じています」
 日本のMMAの真価が問われる4.9(現地)ストライクフォース。山田トレーナーが率いる「チーム黒船」川尻達也と高谷裕之、そして青木真也が日本で待つファンに勇気をもたらしてくれると信じる。(了)

スカパー!でストライクフォース生中継

日本時間4月10日午前11時(スカチャンHD Ch.190など)
視聴料金は3150円(税込)
視聴方法はスカチャンのホームページ参照
(http://www.sukachan.com/battle/)
※DREAMフェザー級王者・高谷裕之の試合は現地のテレビマッチではないため放送未定
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著者プロフィール

94年から週刊の情報誌でスポーツページを編集。野球、サッカー、NBA、テニス、F-1など様々な競技や選手を取材。96年からフリーに。99~02年「ゴング格闘技」編集ライター。現在は格闘技、お笑い、教育、健康、舞台・テレビ、政治・時事などを幅広く取材・執筆中。

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