公式記録に載らない「歴史的な一夜」=日本代表 2−1 Jリーグ選抜

宇都宮徹壱

予想以上に機能していた日本代表の3−4−3

カズのゴールとダンスは、日本に勇気と希望と自信を与えたのではないか 【写真:ロイター/アフロ】

 日本代表のスターティングイレブンは以下の通り。GK川島永嗣。DFは右から吉田麻也、今野泰幸、伊野波雅彦。MFは内田篤人、長谷部誠、遠藤保仁、長友佑都。FWは本田圭佑、前田遼一、岡崎慎司。対するJリーグ選抜は、名古屋グランパスと同じ4−3−3で、ディフェンスラインの4人は左の新井場徹を除いて、いずれもW杯と同じ豪華メンバーである。

 最初に見せ場を作ったのはJリーグ選抜。ゴール正面でボールを受けた佐藤寿人のシュートが、GK川島のファインセーブに阻まれる。しかし先制したのは日本代表。15分、ペナルティーエリア手前でFKのチャンスを得ると、これを遠藤が急激に沈む見事なシュートを決めてみせる。追加点はその4分後。相手のパスをカットした本田圭が、中澤と闘莉王の間にスルーパス。すぐさま岡崎が反応してディフェンスラインの裏を抜け出し、GK楢崎と1対1になると冷静にボールを浮かせてネットを揺らした。
 この岡崎による2点目は、まさに3−4−3のシステムが効果的に機能して生まれたゴールであると言えよう。前線が3枚となり、しかも両サイドでのパス交換の選択肢が増えたことで、攻撃時における流動性と縦への推進力が格段に増して、次から次へとゴール前に選手が顔を出すようになる。Jリーグ選抜が連係不足だったことを差し引いても、前半での日本の新システムは、少なくともオフェンス面においてそれなりに機能していたと判断してよいと思う。

 後半、日本代表は8名、Jリーグ選抜は4名、合計12名の選手が入れ替わった。選手交代のアナウンスが終わったのは、後半キックオフから3分25秒後。システムは両チームとも前半と同じだが、後半の日本代表はあまりにも陣容が変わってしまったため、攻撃時における流動性と縦へのスピードは、すっかり影をひそめてしまった。むしろ、後半から投入された中村俊輔の精度の高いキックがアクセントとなって、Jリーグ選抜が相手陣内に攻め込む時間帯が長くなっていく。やがて試合はこう着した状態に入り、カズの出場(後半17分)で会場が沸き、さらにベガルタ仙台所属の関口訓充の惜しいシュート(同29分)にスタンドからため息がもれたりするものの、このまま日本代表の完勝で終わりそうな気配が漂い始める。

 そこに華試合らしく、派手な花火を打ち上げてくれたのが、今年44歳のカズであった。後半37分、GK川口能活のロングフィードを闘莉王がヘッドで落とし、これを抜け出して拾ったカズが、右足ワンタッチで冷静にゴールに流し込む。ゴールが決まった瞬間、カズはゴール裏のスタンドに駆け寄り、もはや「日本サッカー界の重要無形文化財」と言ってもよいカズダンスを披露。結局、Jリーグ選抜のゴールは、カズの1点のみで終わったものの、それでもスタンドであれテレビであれ、このゴールを目撃した人々のほとんどが、幸せな気分に浸ることができたはずだ。本当に素晴らしいゲームであったと思う。

あらためて、チャリティーマッチで感じたこと

 さて、この日は、初めて代表のユニホームを身にまとってピッチに送り出された選手が2名いた。東口順昭と森脇良太である。しかし今回はチャリティーマッチなので、残念ながら彼らのキャップ数が公式記録に記載されることはない。それでもこの試合は2つの点で、日本のサッカーファンの間で「歴史的な一夜」となったと思う。すなわち、44歳のカズがゴールを決めたこと、そしてザッケローニ体制となって初めて3−4−3が試されたことである。

 まずは後者から。指揮官の評価は、会見でのコメントをまとめると以下の通りだ。
「練習時間が短かった割には、期待していたよりも良い出来だったと思う。特にウチがボールを支配してサイドに攻撃した時には、いいプレーができた。課題は、DF、MF、FWというパートの距離感。特にディフェンスラインのところで、押し上げ切れずに少し間延びしていた。また、前半は長くやっている選手同士なので良かったが、(メンバーを大幅に入れ替えた)後半は少し見劣りがした」

 課題はあったものの手ごたえも感じている。総じてポジティブな評価であったことは間違いなさそうだ。あるいは今後、この3−4−3は日本の定番のシステムになるのではないか。その疑問をぶつけてみると、指揮官は「試合の状況に応じて使っていければと思う」と答えた上で、さらに「ただ日本人選手の特徴を考えると、このシステムには合っていると思う」と付け加えた。もしかすると3−4−3は、単なるオプションを超えて、かつての「フラットスリー」のようなファーストチョイスのシステムとして定着するのかもしれない。だとすれば、このチャリティーマッチは、後にザッケローニ体制のターニングポイントとして語り継がれることになるだろう。

 そして前者、すなわちカズのゴールについて。こちらは、特に多くを語る必要はないだろう。それでも、これだけは明記しておきたい。この日、カズが放ったゴールと直後に披露したカズダンスは、下を向いて原稿を読む総理大臣の言葉よりも、はるかに国民に勇気と希望と自信を与え、そして「まだまだ日本は大丈夫だ」と思わせるだけの説得力があったということである。思えば震災発生から今日まで、スポーツに携わる人間はずっと「何かをしたいけれども何もできない」というジレンマと後ろめたさにさいなまれてきた。だが、そうした迷いを一挙に払拭(ふっしょく)してくれたのが、まさにカズであったと思う。これまた残念ながら、後半37分のカズの得点は、公式記録に記載されることはない。それでも彼のゴールは、この未曽有の災厄に対してサッカー界が、ひいてはスポーツ界全体が、毅然として立ち向かう号砲となったことだけは間違いない。そう、私は確信している。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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