“走る野球”で躍進する加古川北=タジケンのセンバツリポート2011 第7日

田尻賢誉

「リスクを背負っても攻めるのがウチの野球」

3回に盗塁を決めた山本。加古川北では“走る野球”が徹底されている 【写真は共同】

【加古川北高 2−0 波佐見高】

 驚いた。
 8回の加古川北高の攻撃。1死三塁から、三塁ランナーの小田嶋優がスタートして打者が打つ。セカンドゴロの間にランナーは生還して1点をもぎ取った。
 バットに当たった瞬間から、走者が本塁を踏むまでのタイムは2秒6。2008年の日本シリーズ第7戦で西武の片岡易之がサードゴロの間に本塁を陥れた“ギャンブルスタート”が2秒7だったことを考えれば、驚異のタイムだ。

 常々、「リスクを背負っても攻めるのがウチの野球。勝つためにリスクを背負うのは当然」と話す福村順一監督の言葉通りの作戦。三塁走者の“ゴロ・ゴー”は一朝一夕にはできない。毎日30分間、ボールを使わず、打者のスイングする動作に合わせてスタートを切るイメージ練習をやり続けてきた結果。あらゆる場面を想定したケース練習で、ゴー、バックの判断を磨いてきた結果だった。

 走る野球――。
 これが加古川北高のキーワードであり、“個性”だ。走塁に関しての意識はチーム内で徹底されている。練習開始のアップはベースランニング。ワンバウンドの投球でスタートを切るローボールスタートも練習に取り入れている。1試合平均盗塁が出場32校中最多の2.92個ということでも分かるように、走者が出れば積極的に走る。チームの考え方は、「盗塁失敗もバント失敗も同じ。盗塁が成功したときの方が勢いが出る」というもの。割り切っているから、たとえアウトになってももったいないと思わないで済む。
 この姿勢の成果が出たのが1回戦の金沢高戦。5回2死一、三塁からのダブルスチールは、相手捕手が二塁に送球せず三塁走者が挟まれたが、果敢に本塁に突っ込みサードの悪送球を誘った。「どうせアウトになるなら先の塁でアウトになろう」という合言葉通りの走塁だった。

好投手・松田のクセを盗んでいた加古川北

 これだけ走塁に意識があるから、当然、相手を攻略する際に考えるのは「どう足を生かすか」。波佐見高の148キロ右腕・松田遼馬に対しても、どう打つかではなく、どう走るかという視点で研究した。実は、加古川北高ナインは余裕を持って試合に臨んでいた。
「クセを盗んでいました。松田君はホームに投げるときは左肩が沈むんです」(柴田誠士)
 相手のクセを見破るのが得意という捕手の佐藤宏樹が発見し、試合までの練習でも投手にあえて左肩を沈ませたり、沈ませなかったりしてスタートの練習をくり返していた。初回、1死からタイムリーを放って出塁した柴田が2球連続でスタートし、鮮やかに二盗、三盗を決めたのは確信を持ち、自信満々でスタートを切った成果だった。

 チームとして金沢高戦で2盗塁。波佐見高戦で4盗塁。甲子園でも存分に持ち味を発揮している。そこには、福村監督の「研究されているからこそ行かなきゃいけない」という考えがある。走者が出れば、基本的には「行けたら行け」。どうしても走ってほしいときのみサインが出る。アウトになっても、走ったことを責めるのではなく、なぜアウトになったかを考えさせる。「失敗したらどうしよう」という気持ちを払拭させ、思い切りよく走れる雰囲気があるから決まるのだ。警戒される中で成功すれば、チームは盛り上がり、相手へのダメージは大きくなる。チーム内で決まっているやるべきことをやった結果なら、たとえアウトになっても引きずることもない。

迷いのない積極性で運も味方に

 積極的な走塁こそ、自分たちのやるべきこと――。
それが浸透しているから、迷わない。成功するから、自分たちにも、相手にもイメージができる。それが個性になる。
 弱者が強者に挑むのに、オーソドックスな野球では勝負はできない。能力対能力の勝負になれば、負けるのは目に見えているからだ。

 個性こそ、最大の武器。

 自分たちの個性を思いのままに表現する加古川北高ナイン。ちなみに、冒頭の“ギャンブルスタート”はある選手が言うには「実は、サインはスクイズ。サインミスなんです」。思い切りの良さで運をも味方につけた加古川北高が、下馬評を覆す白星2つでベスト8に進出した。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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