「できること」だけでつかんだ大金星=タジケンのセンバツリポート2011 第5日

田尻賢誉

大会前は最悪な状態だった城南

4回に先制打を放った奥浦。自分が「できること」に集中していた 【写真は共同】

【城南高 8−5 報徳学園高】

 身の丈をわきまえる――。
 弱者が強者に挑む際には、最低限これを徹底することが必要だ。できないことをやろうとしたり、実力以上のものを出そうとすると墓穴を掘ることになる。

 実は、大会前の城南ナインはそうなりかねない状況だった。センバツ出場校が発表されてから開幕までは約2カ月ある。その間は多くのメディアが連日取材に詰めかける。見られている緊張感をプラスにすることもできるが、高校生の場合は逆に、インタビューを受けることで勘違いしてしまうこともある。
 また、徳島県内最古の1875年創立の城南は創部113年での初出場。21世紀枠での選出でもあり、特別な感があった。周囲の期待が大きいだけに、「ヘタなことはできない」という思いが、徐々に重圧に変わっていった。
 案の定、3月10日の練習試合(徳島商戦)は1対11で大敗。沖縄遠征では、レフトの井上拓也がケガで甲子園に出場不可能になるなど最悪な状態だった。

冷静に戦力を見極めた森監督

 対戦相手が昨夏ベスト4の報徳学園に決まると、城南ナインは切り替えた。
「できないことをやろうとしても仕方がない。できることだけをやろう。実力以上のものは出せないのだから、持っている力さえ出せばいい」
 報徳学園は2007年に同じ四国の初出場校・室戸(高知)に敗れている。
「相手の監督は気にしているぞ」とあえて言うことで、強豪との対戦をプラスに考えるようにした。森恭仁監督が「あいつの出来次第」と語っていたエースの竹内勇太は、「ブルペンで調子が悪いと意外と試合でいいことがあるので、『今日は調子がいいんだ』と言い聞かせました」とプラス思考でマウンドに上がった。

 竹内は初回に2死一、三塁のピンチを切り抜け、2、3回は三者凡退。すると、4回に城南がチャンスをつかむ。1死一、三塁で打席には5番の奥浦康平。スクイズも考えられる場面で、森監督が採った策は、一塁走者とのエンドランだった。
「報徳がスクイズを(ウエストで)外してくるかどうかという情報がなかったので、一か八かよりはいいかなと。一塁ランナーの竹内と奥浦の2人を考えて、危険を冒すよりはエンドランの方がいいだとうと思いました」(森監督)
 スライダーをたたいた奥浦の打球はゴロで一、二塁間を抜けるライト前へのタイムリーになった。
「スクイズがきそうだったけど、エンドランだったので気が楽になった。フライを上げないように、何とか転がそうと思いました」(奥浦)
 できない可能性が高いことを求めなかった森監督。ゴロを転がすというできることに徹した奥浦。その姿勢が生んだ先制点だった。

攻撃でも守備でもやるべきことを徹底

 5回には第1打席に三振した後、タイミングの取りやすいバスターに変えた多田康貴の左中間二塁打をきっかけに4連打で3点。6回にも2打席目までタイミングの合っていなかった岩本翔太の右中間二塁打で好機をつかみ、1点を追加した。
「1、2打席目は大振りが目立ったし、球が速かったのでミートに徹して逆方向を意識しました」(岩本)
 無死二塁から送りバントを決めた背番号11の後藤蓮はケガの井上に代わり公式戦初スタメン。「緊張してガチガチだった」と言いながらも、冷静に三塁前に転がした。
「岩本が打った瞬間、バントが出るなと覚悟しました。(投手が)投げる前からファーストが前に来るのが見えたので、何とかサードに転がそうと思った。バントは得意な方じゃないんですけど……(苦笑)」
 最速145キロをマークした報徳学園のエース・田村伊知郎相手に強振しても結果は出ない。5、6回の6安打はすべてセンターから逆方向。中盤に追加した3点は、やるべきことに徹した成果だった。

 守備の際は、森監督が本塁側に移動。バッテリーだけでなく、内外野にしきりに声をかけていた。目立ったのが、一塁のファウルラインをなぞるようなジェスチャーでファーストの岩本をライン際に寄せたこと。長打を防ぐための守備位置を徹底させていた。
「点差に応じた守りをしようと思いました。選手に任せると気持ちばっかりになってしまうこともありますから」(森監督)
 セーフティーバントのある打者の際はサードに指示、外野の位置もジャスチャーで何度も動かしていた。5点差あった9回のピンチには慌てず、ひとつずつアウトを取ることに専念させた。

“身の丈野球”をやり切った城南

 この試合、城南ナインに派手なプレーはなかった。竹内の3ランはあったが、奥浦のエンドランを除く3本のタイムリーのうち、2本はポテンヒット。3度のエンドランはすべて転がし、最低でも走者を次の塁に進めた。バントも失敗なしで3つの成功。守備でもファインプレーはなく、アウトにできる当たりを確実にアウトにしていった。
「当たり前のことを当たり前にできるか心配だったのに、こんなことができるんかというぐらいうまいこと試合が進んだ。選手たちは、自分たちができることを背伸びせず、いつも通りやってくれました」(森監督)

 ひとつひとつは目立たず、小さなことかもしれない。だが、それを全員で積み重ねれば、大きな成果が生まれる。やるべきことを見失わず、最後までやり切った城南。“身の丈野球”でつかんだ大金星だった。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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