球児を悩ませる“魔のセンターフライ”=タジケンのセンバツリポート2011 第4日

田尻賢誉

「これが甲子園の打球なんだと…」

総合技術のセンター・胡麻が落球して先制を許す 【写真は共同】

【履正社高 4−0 総合技術高】

「上がった瞬間、終わったと思って下を見たんです。だから、落としたのは見てないんですよ」
 1回裏2死一、二塁。履正社の5番・桝井翔太の打球がセンターに上がったとき、総合技術の小田浩監督はスリーアウトを疑わなかった。センターは外野手で最も守備がうまい胡麻裕宜。引きあげてくる選手たちにミーティングをするため、ベンチから出ようと足元を見たときに、まさかの出来事が起こった。
 落球――。
 ピンチを切り抜けたはずが、2点の先制を許してしまう。この後、よく立て直しはしたが、失った流れは最後まで戻ってこなかった。

 総合技術のグラウンドは決して広くないうえに、他部との共用。シートノックもフライの練習は少ない。外野手の後方へのフライの練習は、外野への打球を内野手の守備位置あたりから追いかけるなど工夫しているが、打球の質が違うため、追い方など形を意識する程度だ。
 甲子園出場が決まってからは、両翼93メートル、中堅120メートルの三原市民球場などを使用。甲子園に入ってからも、「開会式でも風だけは見とけと言いました」(小田監督)と、ことあるごとに風向きを確認。準備はしてきたつもりだった。

 ところが――。
 桝井の打球は、落下点に入ったかに見えた胡麻の頭上でもうひと伸び。グラブに当てながら捕球できなかった。
「風が強いのは分かっていたし、風の方向は見ていたんですけど……。頭に入ってなかった。普段通りにできませんでした。思ったより伸びて、感覚が分からなくなった。これが甲子園の打球なんだと思いました」(胡麻)
 極端にバックしたわけではない。ライトの伊達修登が「打球が伸びるような風ではなかった。(思った以上に伸びて)驚いた」と言うように、ホームからの追い風でもなかった。だが、打球は思ったところには落ちてこなかった。

まさかのエラーが生まれた2つの理由

 なぜ、思ったところに落ちてこなかったのか。考えられることは2つある。ひとつは、緊張していたこと。初出場で土曜日、対戦相手は大阪・履正社。甲子園には今大会最多の2万8000人の観衆が詰めかけていた。
「緊張するのは仕方ない。緊張して当たり前なので、あえてガチガチでいこうと言っていました。初回は(頭の中が)真っ白というか、自分の体じゃないみたいでした」(胡麻)
 もうひとつは、今大会が東日本大震災を考慮してナイターにならないよう、試合と試合の間の時間を短縮していること。このため、通常7分間のノックが5分間になっている。2分少ないために総合技術が削ったのは内外野への高いフライの時間。それよりも、クッションボールの処理を重視した。もちろん、高いフライも何本かは打ったが、内野へのフライのみで外野への高いフライはなかった。「試合前に1本でも受けていると全然違います」と伊達が言うように、安心感を得られないまま守備についていた。

 だが、それでも小田監督は信じられない。胡麻は7回に頭上をライナー性で越えていく打球をフェンス前でジャンピングキャッチしたように、守備のうまい選手だったからだ。
「ほかの子がやるなら分かるんですけど、やっぱり甲子園ですよね。対策はしてきたつもりですけど、こればっかりはその日、その場所に行ってみないと……。ただ、神経質になっていたのは事実です。ほかのチームを見てもそういうプレーがあったので、『センバツは風だ』と言って、意識過剰にさせたかもしれません」
 そして、最後にこうつけ加えた。
「僕は普段ミーティングであんまり細かいことは言わないんですけど、風のことは言ったんですよね。普段言わんことは、言わない方がいいですね(苦笑)」

総合技術にとって初めてではなかった“悪夢”

 ちなみに、冒頭と同じような発言を小田監督から聞いたことが、実は以前にもある。それは、2007年の秋のこと。創部3年目ながら、広島県大会を初制覇。優勝候補筆頭で中国大会に臨んだ初戦の下関商戦だった。4点をリードして迎えた9回裏、2死満塁からタイムリーを許して2点差となり、直後の打者の打球はセンターへのライナー性のフライ。誰もが試合終了と思った瞬間、センターが雨で濡れた芝に足をとられて転倒。同点の三塁打になってしまった。最後はライト前に運ばれてまさかのサヨナラ負け。センバツ初出場の好機をフイにした。
 そしてこの日、またしてもセンターへのフライで白星を逃した総合技術。この悔しさを生かし、工夫して同じミスをくり返さないようにできるだろうか。

 甲子園はサヨナラ落球のあった08年センバツの履正社対下関商、昨夏の仙台育英対開星と“魔のセンターフライ”が続く。出場各校は、普段の練習はもちろん、甲子園練習、試合前ノックなどで十分な対策や準備、確認をして、悲劇をくり返さないようにしてもらいたい。悔いを残さないためにも……。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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