名門・横浜が見せたスキ=タジケンのセンバツリポート2011 第2日

田尻賢誉

「いつもの横浜ではない」

1回裏、1死満塁のピンチを迎えマウンドの山内(左から2人目)のもとに集まる横浜ナイン=甲子園 【共同】

【波佐見高 5−1 横浜高】

「おやっ?」と思った。
 初回の横浜高(神奈川)の守り。波佐見高(長崎)の先頭打者・山口優大の三遊間への当たりを、ショートの宍倉和磨が捕れなかったのだ。それ以上に、ボールまで追いつきながら、逆シングルでいくか、正面に入るか迷ったしぐさが気になった。
 横浜高のショートといえば人材の宝庫。チーム内でも位置づけは特別で、期待の1年生は必ずといっていいほど1年春からショートを守る。近年では高濱卓也(現・千葉ロッテ)や大石竜太(現・日体大)。現チームで4番・捕手を務める近藤健介も1年の春はショートのレギュラーだった。
 ところが、今大会は昨秋のレギュラーである青木力斗がけがのため大会直前にベンチを外れる緊急事態となった。外野手登録の宍倉を起用せざるを得なかったことで、横浜のブランドであるはずのショートが逆に不安な状況になっていた。

 山口の当たりを仮に捕っていたとしても、内野安打だったかもしれない。それでも、迷いの見えた動き、クリーンヒットになった事実は、波佐見ナインにとって大きかった。
 そして、この出来事が「あいつが一番緊張していた」(サード・高橋亮謙)というマウンドの山内達也の動揺を誘う。そこから4つの四死球に暴投が絡んで2失点。一人相撲で波佐見を勢いづかせてしまった。
「立ち上がりですね。山内は先頭に打たれて手投げになった。ボールもそうですけど、気持ちのコントロールができていなかった」(横浜・渡辺元智監督)

 続く5回。横浜にもうひとつの「おやっ?」が起きる。
 1死一、二塁から渡辺監督は9番の高橋に送りバントのサイン。だが、高橋はストライクを見送り、二塁走者の山内が飛び出してアウト。自ら反撃の芽を摘んでしまった。
「バントができないのがね……。あそこで決めればあるいは、という場面ですから。ああいう野球をやってきたのに、それができない。特に脇役が自分の野球ができていない。相手投手のスピードについていけてなかった」(渡辺監督)
 バントや走塁まできっちり鍛えられた歴代の横浜ではあまり見られないミス。それだけに波佐見に「いつもの横浜ではない」と思わせることになってしまった。

波佐見のエース・松田と捕手・神崎の存在

 一方の波佐見は、逆の意味で相手を「おやっ?」と思わせた。
 まず横浜ナインを驚かせたのが、エース・松田遼馬のストレートだった。初回に148キロをマークしたスピードだけでなく、勢いもあり、横浜の各打者は「思った以上にボールがきていた」と口をそろえた。
 そして、その松田をタダものではないと思わせたのが6回2死満塁の場面。ドラフト候補にも名前が挙がる好打者の3番・乙坂智に対し、松田は一歩もひるまず、全球内角のストレートでぐいぐい押した。
「乙坂には内角で攻めると試合前から決めていました。ぶつけてもいいから勝負しようと。三振を狙いました」(松田)
 カウント1ボール2ストライクから2球ファールの後の6球目。松田の内に食い込むストレートに乙坂のバットは空を切る。空振りした後に投球が乙坂に当たるほど、内角いっぱいの最高の球だった。
「内角ストレートを待っていたんですけど、とらえられなかった。初回に148(キロ)が出ていたし、本気で向かってきているというのはありました。(あの場面では)やっぱり、精神的なものが大きい。心で負けたと思います。全国には松田みたいなヤツがいるんだ、自分は小さいところしか見ていなかったんだと思いました」(乙坂)
 横浜のクリーンアップにもひるまない松田の気迫が一枚上手だった。

 さらに、もうひとつの「おやっ?」は捕手の神崎琢也の存在だった。9回は無死一、二塁のピンチで樋口龍之介に対し、3球ストレートを続けて3球三振。そのイニングは先頭打者の2球目から11球連続ストレート。最後までストレートでいくのかと思わせたが、続く代打の金原悠真には1、2球目を変化球。「ストレートを狙っていた」という金原の打ち気をそぐと、最後は再び直球勝負に戻して併殺打に打ち取った。真っ向勝負で押している場面だが、「代打は初球から狙ってくる」という鉄則を忘れていない。冷静さが光った。
 神崎はほかにも、自分の動きで配球が読まれないようにコースに寄るのを遅らせるなど“横浜対策”はばっちり。「今日はオレの方がさえているから、オレを信じろ」とサイン交換で松田に首を振らせず、8四死球と制球の安定しなかったエースをうまく引っ張った。

スキを見せたら終わり

 渡辺監督、小倉清一郎前部長(現コーチ)体制になって、初めて2年間甲子園から遠ざかった横浜。現チームの選手たちは、全員が初めての甲子園だった。それに加え、2年生が5人の若いチーム。小倉前部長がベンチにいない甲子園も初めてなら、ショート・宍倉で臨む公式戦も初めて……。初めてづくしの横浜は、さすがにいつもの横浜ではなかった。
 横浜の名前にも、ユニホームにもおくすることがなかった松田は言う。
「横浜といっても甲子園を経験している選手はいないので、初出場なんだというふうに思っていました。やってみたら、自分たちと同じでした」

 ブランド化した名前と、センスや能力などが見える“らしさ”を感じさせるプレーが相手に重圧を与える。これが名門の強さだ。逆に、なんでもないミスをしたり、緊張している姿やひるんでいるプレーを見せてしまうことで「やっぱりな」と思われるのが相手チーム。それによって、なめられたり、上から目線で見られては勝ち目がない。
 この試合では、それがなかった。
 それどころか、「おやっ?」と思わせるスキを見せたこと、「おやっ?」と思わせる球速、球威、気持ちを見せたことで立場が逆転してしまった。

 勝負ごとはスキを見せたら終わり。なめられたら終わり。名前ではない。“やっているのは高校生なんだ”と痛感させられた試合だった。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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