“特別な大会”で球児が見せた全力プレー=タジケンのセンバツリポート2011 第1日
大震災から12日後に開幕を迎えた“センバツ”
決勝本塁打を放った北海・川越。球児たちは全力プレーに集中していた 【写真は共同】
3月11日の東日本大震災が起きた瞬間の、岩手県のある高校の監督の言葉だ。東北地方では教え子や友達を亡くし、自宅の数十メートル手前まで津波が押し寄せ、あわや……という状況に遭遇した監督や球児がいる。
そして、家族や大切な方を失い、悲しみに耐えながら、避難所生活を余儀なくされている方々もたくさんいる。食事も満足にとれない、風呂に入ることもできない……。日常生活すらままならない方々がいる中、震災後わずか12日でセンバツが予定通り始まった。
被災地である宮城の東北や青森の光星学院には、出場を批判する声やネット上での中傷もある。開幕試合に勝利した日本文理高・大井道夫監督の「やってもいいのか複雑な気持ちです」というのは全出場校に共通する思いだろう。
自らの意思で全力プレーを行った球児たち
それを選手たちは分かっていた。
「全力でやろう。一生懸命ひたむきにやろうと話しました」(北海高・平川敦監督)の言葉を借りるまでもなく、この日プレーした6校の選手たちはほぼ全員が全力プレーを心がけていた。その証拠が、凡打での一塁までの走る姿。昨年は気を抜いた走塁をする選手が多くいたが、今大会初日はゼロ。最も走る気がしない投手ゴロでも、ダラダラ走る選手は皆無だった。
また、この日は九州国際大付に4本、北海に1本の本塁打が出たが、ベースを一周しながらガッツポーズをした選手はゼロ。打った直後に大きなガッツポーズをした選手は1人だけで、あとは拳をぎゅっと握る程度だった。昨夏には点差の離れた試合の2死無走者からのシングルヒットにもかかわらず、スタンドに向かってガッツポーズをし、「彼女と約束してたんで」という選手もいたが、この日はそういう選手はいなかった。勝った瞬間もバンザイをせず、「派手なことをせず次のプレーに備える。相手に配慮する」といってガッツポーズをあえてしなかった興南のようなスタイルを多くの選手が通した。
「(高野連からは)いつも通り派手なガッツポーズはしないように言われていますが、禁止という通達はありません」(日本文理・佐藤琢哉部長)
選手たちが、それぞれ自分たちの置かれた現状を考え、選択した行動だった。
危機的な状況を好転させるために
だからこそ、このピンチを機に変えていってもらいたい。今、一生懸命やらないといけない雰囲気だから全力疾走をするのではなく、常に野球ができる幸せを感じて全力プレーをするように。今まで当たり前だったことが当たり前ではなくなっているときだからこそ、何が大事で何が大事ではないかに気づくチャンス。今を逃すと、一生訪れないかもしれない。
平常の世の中に戻り、不自由を感じなくなると、きっと昨年までのような緩んだ気持ちが顔をのぞかせてくる。だからこそ、今なのだ。多くのスポーツやイベントが中止になる中、甲子園でプレーする機会を得た幸せを無駄にしないでほしい。自分自身の成長につなげてほしい。そうすれば、大会を開催した意味が出てくる。
興南・我喜屋監督が語った全力プレーの魅力
昨年、史上6校目の春夏連覇を達成した興南・我喜屋優監督は、こんなことを言っていた。
「スポーツで見る人を魅了するのは、派手なプレーじゃない。全力プレーが感動を呼び、人の心をひきつけるんです。プロでよくいう華麗なプレーというのは、映画の感動と一緒。作られたプレーなの。でも、野球というのは筋書きのないドラマだから、そこで感動を生み出すのは全力プレー。間一髪のぎりぎりのプレーしかない」
一生懸命、全力でプレーすることが、自分の意思表示にもなり、結果的に周りにも好影響を与える。だからこそ、最後まで全力プレーを――。
『がんばろう!日本』というスローガンが掲げられた今大会を、高校野球にとっても転機となるよう、球児たちの全力プレーを期待しています。
<了>
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