技術だけじゃない! メンタルゲームを制した駒澤大高=<1回戦 駒澤大高(東京B) 2−1 大津(熊本)>

平野貴也

初出場校が後半に立て直して強豪・大津を撃破

決勝ゴールを決めた駒澤大高の須貝暁 【岩本勝暁】

 情報社会の現代では、対戦相手の情報を得るのに困ることはない。どこかのグラウンドで試合が行われれば、三脚に固定された小さなハンディカメラがいくつも設置される。自チームの記録用、対戦相手のスカウティング用、子供の成長記録……さまざまな用途でカメラは試合を記録する。昔とは違い、テレビ局でなくとも動画を持っている人はたくさんいる。
 第89回全国高校サッカー選手権の開幕戦、駒澤大高のMF黒木海人が身長169センチと、決して大きくはない体でタッチラインからゴール正面まで超ロングスローを投げる姿に観衆は沸いたが、対戦相手はどの程度飛ぶのか事前に知っていた。飛距離自体には驚かない。どの選手が速くて、どの選手が足下の技術に優れているのかも映像を通して知っている。しかし、試合を進めるにつれ、頭だけで理解していた情報は、体感との誤差を大きくしていく。増幅機関は、彼らの熱い血を動かしている心臓、いや心である。

 試合は序盤、駒澤大高が押し込んだ。初出場の挑戦者らしく、過去3回ベスト8を経験している大津に典型的なキック&ラッシュで挑みかかった。7分、ロングボールに対し相手がタッチラインに逃げると、黒木のロングスローでゴール前へ運び、ゴール前の混戦からMF高平将史がシュートを決めて先制した。
 電光石火のゴールに国立競技場に集った1万3532人の大観衆がどよめいたが、次にあわてさせられたのは駒澤大高だった。17分、大津は少ないタッチで的確なパスを素早く運び、2年生MF若杉拓哉が鋭いターンからゴール右下にシュートを飛ばして同点ゴールを奪った。技術の差を見せつけられた駒澤大高は焦り、ディフェンスラインが上がり切れなくなった。そのため、MFとの間に生まれたスペースを相手に使われてペースを失った。

 しかし、駒澤大高は後半にきっちりと立て直した。黒木は「ゴールを守るのでなくボールを奪いに行くのが駒澤だと確認し合って、もう一度ラインを上げていったら、中盤の位置が高くなってツートップの近くに行けた」と修正の手ごたえを話した。後半、駒澤大高は次々に大津ゴールへ襲いかかった。同点弾を決めた大津の若杉は「前へと焦り過ぎていた。自分がボールを収めたり、攻め上がる時間を作ったりすれば、もっとゲーム運びは良くなったと思う。試合中も『(ロングボールばかり)蹴るな』と言ったんですけど、修正するには難しい部分があった。相手のサッカーはビデオを見て知っていたので対応していたけど、それより(力が)上という印象を受けた」と肩を落とした。67分、駒澤は黒木が右からクロスを送り、須貝暁がダイビングヘッドで決勝弾を突き刺した。

過去の教訓から得たメンタルのタフネス

PKを止めチームメートと喜ぶGK岸谷(1) 【岩本勝暁】

 この冬の大舞台を前に、駒澤大高は舞い上がって試合を落とした経験がある。今夏の高校総体都予選では、勝てば全国(※東京都は2校出場できる)という準決勝の舞台で都立駒場高校に0−4と大敗した。春の関東大会でも西武台高校に大敗。須貝は「以前は(あわて始めると)簡単に裏を取られたり、一発でボールを取りに行って抜かれたりする場面が多かったけど、ボールの位置を冷静に見ながら対応できるようになった」と前線で感じる変化を語った。

 冬の彼らには落ち着く勇気が備わっていた。試合前、両チームはそれぞれに円陣を組んだ。大津は両手をいっぱいに伸ばし、大きな輪を作り上げていた。一方の駒澤大高は、手を下した状態でつないで小さな輪の中で全員が目をつぶっていた。緊張の表れと受け取った記者がその時の心境を聞くと、GK岸谷紀久は「みんなが『行こうぜ!』って盛り上がっていたけど、左DFの池田(慶介)が『一度、落ち着こうよ』と言って目を閉じたので、初めてやりました」と言って笑った。

 ちなみに、岸谷は都大会の準決勝から先発を務めているが、それまでは2年生GKの控えだった。それでも、元々は勉強家でなかったが、チームメートにつられて文武両道に励むようになったという岸谷は、学業成績がかんばしくなかった2年生に代わり、めぐって来たチャンスをつかんだ。大野祥司監督は、技術では2年生に劣ることを認めながらも「あいつは3年生で先発になれなくても腐らずに頑張って来た努力家」と評価を惜しまない。

 大津戦の試合終盤、DFが相手にPKの好機を与えて誰もがPK戦を覚悟したとき、ビッグセーブでチームを救ったのが岸谷だった。2得点に絡んだ黒木でさえ「MVPは、岸谷です」と断言した。守護神は「僕は目立つのは嫌いじゃないので、たくさんの声援が聞こえてうれしかった。失点は自分のキックミスからだったので、借りを返すチャンスだと思った」と、最大の危機をただ一人前向きに捉えた。

 元々は控えである岸谷を全国大会でもピッチへ送り込むという決断を下した大野監督は、現役時代に武南高校(埼玉)で選手権に出場し、国立の芝を踏んでいる。今の駒澤大高にはいない、いわゆるスター選手だった。その指揮官が都大会を勝ち抜いたときに明かしたエピソードがある。
「指導者になったばかりのころは、技術が高い選手じゃなければダメだと思っていた。先発も出身チームを参考にして決めていたようなところもあった。でも、良い成績を出せた年の特徴は、みんなが勉強もできるということだった。今年のチームも3年生は勉強ができる子が多い。どんなことにも頑張れる、そういうのはやっぱり大切なんだなと思うようになった」

 前評判なら、大津。しかし、映像との誤差は、技術で圧倒できたはずの大津が焦り、技術の差に崩れるはずの駒澤大高が持ち直した姿となって表れた。目には見えないが、確かに存在する力がある。メンタルゲームを制した駒澤大高は、勝者として年を越し、2回戦を迎える。

<了>
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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