20歳寺田明日香、世界を前に成長し続ける強さ=陸上

高野祐太

アジア大会では惜しくもメダルを逃した寺田。しかし、競技に対する意識は確実に変わっている。写真は予選での寺田 【写真は共同】

 ハードルに足をぶつけるのも珍しければ、レース後の報道陣にこんなに青ざめた表情を見せるのも珍しい。ほとんど初めてだ。
 中国第3の大都市、広州で行われたアジア大会(11月12日〜27日)の陸上女子100メートルハードル決勝。まずまずのスタートで飛び出した寺田明日香(北海道ハイテクAC)は、序盤からリズム良くハードルを刻み、リードを奪った。

 ここに懸けて来た意気込みが表れていた。

 9台目まで先頭を走り、勝利が10メートル向こうに近付いて来た。勝ちたい。相手が迫って来る。早くゴールしたい。その焦りが抜群の集中力にわずかな隙(すき)を生んだ。最後の10台目のハードルにリード脚(跳ぶ時に前にくる足)の左かかとをぶつけ、バランスを崩してつまずくと、混戦の後続に差されて、5位でフィニッシュした。トップとわずか100分の6秒差のゴールタイム13秒29(風速0メートル)は、ミスがなければ金メダルが近かったことを意味するだけに惜しかった。
「焦っちゃいました。それはいけないと自分でも思っていて。ああ、もう言葉にならない」
 落胆の色が見える。報道陣のいくつ目かの質問から心は上の空になり、足早に控えに姿を消した。

 焦り。勝ちたいと念じる欲。欲は意欲の結果でもある。

寺田の意識を変えた、世界の舞台

 若干20歳にして、国内では女子100メートルハードルの完全なるエースだ。もう日本選手権を3連覇している。舞台が大きくなるほどに力を発揮する走りっぷりは、大物感さえ漂わせる。いつも緊張感など、どこ吹く風。物おじすることなく主要大会を勝ってきた。
 肝心のところで決めてくれる集中力と勝負根性こそが、寺田の最大の魅力である。恵庭北高3年時のインターハイでは、台風や強行日程に悩まされながら、100メートルハードル3連覇と、100メートル、4×100メートルリレーと合わせた3冠を達成。昨年の世界選手権(ベルリン)が懸かった日本選手権(広島)では、ラスト勝負の決勝で、自己記録から差の大きかったB標準記録(13秒11)を一気に突破する、13秒05で切符を奪い取ってしまった。
 でも、国際舞台では、まだまだひよっこだった。昨年は世界選手権を初体験したけれど、予選であっさり敗退した。今夏に初めて試みた欧州遠征では、コンチネンタルカップ(クロアチア)などの2戦で惨敗し、帰国した千歳空港で「全部がだめでした」とうなだれた。
「ハードルに向かっていく気持ちとか、焦っちゃう気持ちとか。外国の選手は命を懸けているので日本人とは違う」

 どうやら、これが薬になった。これまでは、1学年年長の偉大な先輩、福島千里(北海道ハイテクAC)が居残りでどんなにダッシュを繰り返していようと、自分の判断でさっと練習を切り上げることが多かった。そこが寺田の良さでもあるのだけれど。ところが、夏からの数カ月、意欲的にトレーニングに取り組むようになった。いつもは「もっと自覚を持って練習しなくちゃ」と叱(しか)る中村宏之監督が、「(寺田)明日香はよくやっていますよ。補強なんかの地味なこともすごく積極的です」と目尻を下げて言ったほどだ。
「コンチネンタルカップからの数カ月を、アジア大会のために費やそうと思いました。それがロンドン(五輪)にもつながると思うから」
 アジア大会に出発する少し前、話を聞き終えて立ち上がりかけた時に、こぼした一言は意外だった。
 「すごく緊張しているんです。珍しいんですけど」
 ホントに珍しかった。強気な寺田の口から、そういうニュアンスの言葉を聞くことは今までなかった。これは大きな心境の変化だな、と思った。その緊張は、勝利への意欲の種類がこれまでと異なってきているのだと。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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